カテゴリ:日々の記録( 225 )

通勤先は病院・・・

猫のマロンを見送って間もなく爺さんが入院した。夏から病院通いの日が続いている。
爺さんの病院生活はひと月を越えた。婆さんはほぼ毎日病院に通っている。爺さんに注射をするためである。
退院後のインシュリンと薬の管理を婆さんに任されたからだ。
婆さんは注射恐怖症で針を見ただけで緊張して注射はりを何度も刺された経験がある。だから注射をされるときはみないようにしてきた。爺さんがインシュリン注射をしているにをみるのもつらかった。お医者さんに奥さんがするといいのですがと言われたとき、できませんと断ってきたのだったが、とうとうそういうわけにはいかなくなった。
看護婦さんの指導を受けて、毎日爺さんに針を指す。血糖値測定に指に、つづいてインシュリンをお腹に針を指。
針は細いので痛くはないらしいのだが、この前どうしたわけか、大きな声で痛いっ、とどなられにらまれてしまった。それ以来注射器を持つ手がぎこちなくなって未だに慣れない。退院後のことがとても不安になる。
前のこと先のちをいろいろ考えるとたまらなくなる。できるだけ頭をからっぽにして考えないようにしている。
でもたまに爺さんの命はこの老婆の手中二あるんだとおもい、よからぬことを考えてしまう。
サスペンスストーリーが書けそうだ。
ばあさんのヒトサシ、油断ばかりなりませぬぞ。
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by babamama_123 | 2017-11-22 09:59 | 日々の記録 | Comments(0)

不甲斐ない私

今年の8月は、私にとって、格別厳しかった。
平年を超える暑さに加えて、猫のマロンが病気にかかった。きつい黄疸でかなりの重症だった。
歩いて10ふんたらずのところにある動物病院に、マロンを入れたケージを肩にかけて2週間近く毎日点滴を受けに通った。休診日も特別に開けて診てくださったので、月の半ばには黄疸もほとんど消えて食欲も出始め、点滴は1日おきから2日おきになった。
2日病院をあけた21日の月曜の朝、診察台で点滴を受けている最中に、ポケットに入れた携帯電話が鳴った。どこでも病院内での携帯電話の使用は禁じられている。携帯をみると義弟の名前が表示されていた。看護婦さんの了解を得て出ると、Sがあぶない、と早口で言う。診察中なので追ってこちらからかけなおすといって電話を切った。点滴は5分もしないうちに終わった。会計を済ませ、病院の外にでてからすぐにかけなおすと、たった今亡くなった、と言った。
夫は3人兄弟の長男である。電話かけてきたのは次男で、亡くなったのは3男で末弟である。詳しく聞くとその朝義弟は知らせを受けて木津の病院にかけつけた。そのときはもう意識不明だった。病名は悪性リンパ腫。入院するまでまわりの人は気が付かなかったらしい。
かえってすぐに夫に告げると、今すぐにでも病院に会いに行くと弟に連絡した。義弟は夫の身体を心配してだろう、亡くなってしまったのだから来なくてもいいというような話に聞こえた。
それでもどうしても行くというので、奈良線の電車にのろところまで私がついてゆくことになった。
その日はマロンのことばかりではなく、犬のニュートンが朝ペットサロンに行き、5時頃もどってくることになっていた。私はその時間には家にいなくてはならない。木津まで同伴するつもりで、帰りの時間を7時までにのばしてもらえないだろうかと、問い合わせたが、6時以降は引き受けできないといわれた。もう1時すぎである。やむを得ず京都駅までにしたのだった。
夫も私も普段着のままですぐ家を出て桂川駅から京都駅に向かった。桂川駅で身障者割引で往復の切符を買った。同伴者がいないと割引は使えない。それで結局木津までどうこうすることになったのだった。木津まで電車で1時間はかかる。5時に帰ってこれるか危ない時間だった。東京にいる娘に6時に伸ばしてもらうように、携帯でんわの電池残量がすくなくなっていたのでラインで連絡した。
木津駅には義弟が待っていてくれた。そこで私はかえるつもりだったが、病院はすぐ目の前だから会っていかないかということになり、亡くなった末弟に会った。優しい人だった。家族は勿論、私の娘たちにも優しかった。私が夫のことで困ったときには気遣ってくれた。
感謝の気持ちをこめてお別れの合掌をして病室を出る間際に義弟のお嫁さんによびとめられた。
これからのことでうちあわせしておきたいという。
この先のことはすべてここから始まった。長男の嫁で一番の年長者でありながら、私は長男のよめになったときからすでにそのようにはみられていなかった。
お義姉さん、といって皆から離れた部屋の片隅に連れていかれた。
お通夜は明日の晩、葬儀はその翌日の午前中になる。
今日こうしてお別れにきたのだからあ通夜は来るのやめましょう。お義兄さんもしんどいでしょうし、私らも通夜はしつれいするから。気にしないでね。義兄さんに言ってね。
このところ夫は足取りがおぼつかなく認知症の気もでているのは確かだ。けれどその夫を気遣ってのことではなく、むしろ来てほしくない気持ちが、その場のの雰囲気からあきらかにつたわってくる。今までの夫の行状、とりわけ冠婚葬祭のばでのふるまいには、嫌悪感をもつひとがいても不思議ではない。某弱無人というか、時と場所をわきまえないはしゃぎぶり、しかもだれもそれをおさえることができない。私は勿論だ。だからそうさせてもらいますと言った。かえりの電車で明後日京都駅でまちあわせの時間を決めて、京都駅で別れた。帰り際、飲んで帰ろう、と夫が義弟をさそうのを止めるのにすこしばかりごたごたした。
翌日の夕方遅く、義弟から携帯にでんわがあった。(夫は携帯をなくしてからしょじしていない)
 娘が花代を出したいというので、Mさんに聞いたら受け取るというので、だすことになった。あしたの葬式場で娘たちの名前が書かれた花輪がかざられてるから、驚かないように言っておこうとおもって、というないようだった。
葬儀は家族葬で、香典等は一切いうけとらないことにしている、ときいていた。けどお花のことまでは及びもつかない私である。でも聞いた以上は、私にも遠方とはいえ3人のむすえがいる。東京の長女に話をすると、3人のれんめいで渡してと頼まれた。すぐに故人の奥さんに電話をしたがつながらない。通夜の葬儀場にいって家は留守なのだ。連作先をきこうと義弟にかけたが携帯も家もつながらなかった。しばらくして義弟からかかってきたので、連絡先を教えて、と頼むと、ほんにんがここにいるから代わるという。あら、通夜にでたの?ときくと、どうしてもきてくれとたのまれたので、といって電話を代わった。娘たちの意向を伝えて受け取ってもらえることになった。(結果は花の注文ができなかった、とうけとってもらえなかった)
葬式の朝、待ち合わせより1時間早く着くように家をでた。ホームの上にあるカフェで簡単に食事をとり所用をたして、無事時間前に合流。電車に乗る寸前にまた義妹に呼び止められた。
 あしたの火葬場のことだけど・・・。葬儀が終わったらすぐに火葬場に向かうことになってる。義姉さんたちどうする?火葬場は待ってる時間がながいし、お義兄はしんどいでしょ。葬儀まででもいいんじゃない。わたしらはいくけど、きをつかわなくてもいいから。行くか行かないか、今すぐ決めて。あちらにすぐれんらくしておかなければいけないから。参加する人数のことがあるから。おひるごはんのこともね
 といって携帯でんわを渡された。わたしは、その時よくかんがえればよかったのだ。すくなくとも夫に言うべきだった。しかしおっとからはなれて、きこえないところでいわれたし、いそいでいるようでもあったし、夫の葬儀場でのこうどうのこともあって、じゃあしつれいさせてもらうといってしまった。携帯電話を渡されて、火葬場はしつれさせてもらうといってしまった。
 葬式は家族と近親者合わせて10人足らずでしめやかに、滞りなく済んだ。霊柩車の待っている出口に全員が流れる。義妹がよってきて、私たちは終わったらここにもどってくるけど、義姉はかえるんだから忘れ物ないようにいますぐ全部持ってきて。早くタクシー呼んでとせかすように言う。
出口でもたもたしながら、葬儀場の人にたくしーをたのんでいると、夫が来てなんでや、という。私たちはここでしつれいすることになってるから、というと、なんでや、なんでうちだけかえらなあかんのや、とさわぎだした。とうぜんである。きめてしまったことだから、といっても聞かない。あたりまえである。夫の実の弟の火葬である。ここまできて、夫だけ帰るというのはふじぜんである。いくらいたらない、はなつまみのにんげんであろうと、人の気持ちを無視した自分の行為になさけなくなりなみだがでてきた。たくしーはよんでしまったしどうしようとおろおろしていると、そうぎじょうのひとが、行ってあげてください、と言ってくれた。義妹にひたすらあやまり、昼食の件は別室でまつなりしますから、というと
そななことできひんやろ、みんなが食べてるとこ、指くわえてみてるんというんか、たべてるほうもしんどいは、といわれ、つまっていると、葬儀場の人がいくらでもへんこうできますから。もうついかしておきました。とささやいてくださった。
すったもんだはあったけれえど、甥の車で無事お骨を拾うことができた。
帰りは勿論私達だけ火葬場から木津駅に直行。夫はそのときにになって、もうそうぎのことはひとこともいわない。それいらい今日まで亡くなった弟のことはひとこともない。
私はいまだに葬儀場のあれこれを思い出して情けなさがこみあげてくる。
葬儀は、生きている人たちのためのものなんだとあらためて思う。生きてるものが故人をしのび、げんせでの絆を確認するためにひらかれるものではないかと。
私たちの場合も近くそういうことになる。今のうちに娘たちに、私自身の場合のときにはどうするかつたえておかなければならない。
義弟の冥福を心よりお祈り申し上げ、葬儀場でのことはこれで水に流そうとおもう。
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by babamama_123 | 2017-08-27 18:00 | 日々の記録

一時の幸せ

しばらく前から早朝、ニュートンを連れて散歩をしている。5時過ぎ、家をでて阪急沿線沿いに南北に走る道を南に一キロ程歩く。
山陰街道の交叉点をわたると、高等学校の校庭があり、東側は高いブロック塀になっている。ここから折り返し点の陸上自衛隊駐屯地正門まで、東側は植え込みの塀や5階建ての官舎、自衛隊の桜並木と続いて朝日がさしても道には日が射さない。
6時前の道は車もほとんど走っていないし人の往来もない。昨日の空気は一掃されて、新しい空気がひんやりと心地いい。高原にいるような気になる。路肩の植え込みには夏草が露をだいてみずみずしい。
静かでとってもいい気持ち。明け方にみた夢を思い出しながら幸せな気持ちになる。
夢は亡くなった母のいる日だった。7月が誕生月で今年100歳になるはずだった。
夢の中の母は若くて白い割烹着をきている。私もまだ若くて、それなのに子供がいる。目が覚めたとたんこまかなことはきえてしまったけれど、緑の明るい田畑と、割烹着の母だけが瞼に残った。穏やかな気持ちだった。
正門をくるっとまわってきた帰路につく頃、
太陽はたかくなって、ジョギングをする人たち、高校の運動部員の走る姿、そして迷彩柄の制服を着て正門に向かう若い自衛隊に出会う。
犬の散歩をする人もいる。
後ろでラッパの音が聞こえてくることがある。多分6時の起床ラッパなのかもしれない。
私には幸せの時間の終わりを告げる音に思えた。
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by babamama_123 | 2016-07-20 14:23 | 日々の記録 | Comments(0)

2016年6月26日、今年の銅版画教室は終わった。
梅雨の晴れ間で、真昼でも比較的爽やかな風が流れていた。教室のある元白川小学校のアジサイは今が盛りで、青やピンク色とりどりがまじりあい美しい。
少し早めについて、頑張って4枚刷りあげた。
今季も頑張った割には納得のいく作品はついにできあがらなかった。
石の上にも3年というけれど、いつになったら芽がでるのやら。枯れ木に花が咲くはずもないと、わかっているけど、もうしばらく楽しもうかと割り切った。

猫道 サンドペーパーエッチング 185㎜×255㎜
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by babamama_123 | 2016-06-27 12:29 | 日々の記録 | Comments(0)

布の在庫整理
数年前まで桂駅東口の近くに生地の安いお店があった。問屋さんから破格の値段で買い付けたものらしい。裏地もカーテン用も柄にこだわらなければなんでも安かった。演劇やイヴェントの衣装用にするのか高校生もグループで来ていた。
私の娘たちが学生だったころや、孫ができてちいさかったころ、なにかと必要に迫られてこの生地屋さんによく通った。必要なもの以外にも破格の値段の生地をついでに買った。私には、安い生地を大量に買う癖が、子供が立て続けに生まれてから、できてしまった。
子供が小学生時代までは、倍メーターセールのお店をみつけては買い込んで、一気に3人分の洋服を縫った。
子供たちが大きくなって手作り服をいやがるようになっても、安売り生地を買う癖がぬけなくて、そうして買った生地が衣装ケースたくさん残っている。
夏用に色合いは冴えないけれど、ガーゼのような風合いの生地があったので、思い切って自分用のチュニックワンピースを作った。
布を広げて、メジャーで測ってじょきじょき切って縫う。全部直線。3時間ほどでできあがった。ただ裾や袖口、首回りは手でまつりぬいをした。生地にあう色の糸がなかったのでめだたないようにするためである。
ちょっとばばくさいけれど、体裁は気にしないたちなので着用することにする。
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by babamama_123 | 2016-06-18 23:29 | 日々の記録 | Comments(0)

花の名前はアカンサス

今日、大阪の友人から携帯に電話が入った。ブログに乗せた花の名前はアカンサスだと知らせてくれた。ウオーキングに出て、植物園の前に咲いているのをみつけたらしい。
早速友人の勧め通りネットで調べてみた。
家の花は、まさにアカンサスである。雑草どころかギリシャの国花と書かれている。葉は古代ギリシャの建築の柱のレリーフになってるし、ウイリアムモリスのデザインにもなってる・・・・。花言葉は「芸術」、「技巧」。
ウイキぺディアに書かれているのを読んで妙に感激してしまった。どこからどのよう経路で我が家のプランターにその種が落ちたのか、不思議で仕方ない。天からの贈り物かもしれない。
抜かないでよかった。花はまだ咲いている。横から小さい茎も伸び始めた。
以下はネットからの写真
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by babamama_123 | 2016-06-03 12:23 | 日々の記録 | Comments(0)

できました~

先日衣類の入れ替えをしたとき、何年も着てない衣類や、その内使おうと買い込んだ布地がどっと出てきた。
この先おそらく着ることも作ることもないだろうけど、かといって、一気に捨てるに忍びない。我ながら未練がましい。
古着は小さく切って、油拭きやぞうきんにできる。その内使うつもりの生地はどうしよう考えた末、大きいのはシーツに、小さいのはエプロンにする事にした。シーツはそのまま使えばいいけれど、エプロンは多少なりとも縫製しなければならい。面倒だなあとと思ってるうちにたちまち1週間が過ぎた。
今日何故かミシンを使ってみようと思い立った。20年以上前に買った結構高い電子ミシンである。ひところは何かとつかっていたけれど、この数年、少なくても5年は使わなかった。電源を入れて、使い方を思い出すのに数分かかった。けれどなんとか動かせた。端ミシンをかけて、両端を三つ折りして直線縫いし、ダーツを入れて、ポケットをつけただけの極めてシンプルなエプロンができあがった。紐やボタンはめんどうなので、とりあえず安全ピンで留めることにした。いずれマジックテープでも張り付けようと思う。
つけてみると、なかなかいい感じ。ポケットがとっても便利。携帯電話やメモ帳や忘れてはいけない書き物などを、常時いれておける。
久し振りに使ったミシンだけれど、使うことができた、という安心感に浸っている私である。
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by babamama_123 | 2016-05-11 14:04 | 日々の記録 | Comments(0)

救い主? 現る

今日の昼過ぎ、パソコンを見にヨドバシカメラに行くことになった。
出かける間際になって、娘がちょっとみてみようと言い出した。ひょっとして機嫌が直ってるかも、と言う。とりあえず電源を入れてみると、同じメッセージがでたままだった。電話で言われたことを伝え、その通り娘がキーを叩くと、私の時は出なかった画面が表示された。しかるべき項目を選択してすすめていくと、ウインドーズの初期画面が出た!
もうびっくりだった。
データを保存してから初期化して、8.1に戻すことになった。
それから先はすべてお任せ。1時間あまりしてウインドーズがたちあがった。しかもウインドーズ10のままでデータも残っていた。壊れていなかったんだ。なにが原因であーなって、どうして戻すことができたのか。聞いても答えてくれない。やたらにさわるな、と厳しい。帰ってくるたんびに面倒なことがあると言われてしまった。面倒でも機械だからこの程度、親の体が壊れたらこんなもんじゃすまないんだよ、と言ったら、それもそうだと納得してくれたけど・・・
今度いつおかしくなるかわからないけど、私と同じでそう長くは持たないだろうから自分で保険をかけておこう。何かを節約してその分を貯金箱にいれることに決めた。
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by babamama_123 | 2016-05-05 20:45 | 日々の記録 | Comments(0)

どうしよう~!

私の大事なノートパソコン、とっても大事にしてたのに・・・・
私のパソコン、3月のはじめ動作が鈍くなったのを何とかなおしてもらって、丁重に使っていたのに、昨日いきなり動かなくなってしまった。
電源を入れるとデルのロゴが表示され、続いてウィンドウズの画面になるはずなどが、画面の上の方に小さな文字で、
No boot device found. Press any key to reboot...
それでenterきーをおすと
check device
デルのロゴマーク
それから no boot ・・・・のくりかえし。ウインドーズが開かない
今日またデルのサービスセンターに電話で問い合わせた。
その結果、ウインドーズが壊れています。8.1のDVDを入れてさいせっていしなければいけません云々、と言われた。
けれどそのDVDに記憶がない。みたことがないような気がする。慌ててしかるべき引き出しを次々開けて探したけれど、見つからなかった。夕べ帰宅した娘がそばでひねた顔でみている。整理整頓が悪いからだ、と顔に書いてあるのが読める。このパソコンにはDVDがついてなかったと言ったら、疑わしい目で、そんなはずはないと言う。やっぱり年のせいで記憶力がなくなったんだと自信がなくなってしまった。それでも保証書くらいはあるはずと、引き出しをひっくり返してさがしたら、一番下にoffce設定・・・・と書かれた袋が出てきた。あけてみると、鍵のマークのついたカードが一枚あるだけ。よく見ればDVDは添付してませんとあった。
やっぱりわたしの記憶に間違いなかった。
それならやっぱり購入か、とネットで価格をみたら、14000円。8.1だけでこれだとオフィスもいれたらどうなるのか。新しいのに買い換えた方がいいかな・・・・と迷いが生じてきた。人生最後の大きな買い物、どうしよう、ほんとにどうしよう。
「あなたなら、どうする」と娘に相談すると、「何に使うの?たぶれっとで十分でしょ、この間買ったばかりじゃない」とすげなくいわれた。さらに、ゲームばっかりしてるから壊れるのよ!と
がっくり・・・・
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by babamama_123 | 2016-05-03 15:36 | 日々の記録 | Comments(0)

児童公園の藤棚

ニュートンと行く児童公園に藤棚があるのを去年見つけて、記憶の片隅にマークしておいた。桜が終わったころ、その藤棚を見ると弦が伸びて葉が茂っていたが蕾はみあたらなかった。それからほぼ隔日その棚をみにいったけれど、なかなか花が見えない。藤の花にあえたのはそれから1週間たった先週のことだった。棚の上の方に隠れるように花が咲いていた。藤の花は棚からさがってさくものだとおもいこんでいたのに、想定外の咲き方に少しがっかりする。それから2度ほどニュートンと散歩にきてみたけれど、下がっているのは端っこの方にちらほら。離れてみるととても藤棚には見えない。それから、また別の公園にも藤棚があったのをふと思い出した。次の散歩の日、カメラを持って、その公園に行ってみると、棚全体から藤の花が下がっていた。けれど、少し色が薄いような気がする。もっと紫に近い濃い色をそうぞうしていたので、ちょっとがっかり。
その日は近くの保育園のミニ遠足だったようで、半そでのTシャツ姿の園児が大勢遊んでいた。ニューっとんを見つけると、5,6人が寄ってきて頭をなでるやら、手をにぎるやら。ニュートンは小さな子供に囲まれて怖くなったのかばあちゃんの膝に飛び乗ってきた。写真どころではない。翌日は雨。今日ニュートンをおいてやっと藤の花を撮影した。
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by babamama_123 | 2016-04-29 15:39 | 日々の記録 | Comments(0)