カテゴリ:歩く( 52 )

冬間近の信州

11月5日から7日まで信州立科に行ってきた。爺様が勤めていた会社の保養所を利用させていただいた。
7日は立冬である。まだ秋と思っていたけれど、もう冬なのだ。それでも寮のまわりの紅葉は赤く、ベランダの生け垣のドウダンツツジは鮮やかな赤色だった。
どうにか紅葉が残っていてよかった、このあたりではうちだけですよ~管理人の奥さんが言った。
京都にくらべるとだいぶ寒かったけれど、その日はまだ暖かいほうなのだそうだ。朝方の気温は一桁だというから3度か4度だろうと思っていたら、マイナス5度だった。朝型雨音がした。雨かと思ったが、霜が溶けて落ちる音だった。
寮は森の中にあって、いろいろな動物が出現する。今回も鹿と穴熊らしい動物を見かけた。
寮の奥さんが梟の跡があるというので見に行くと、窓ガラスに羽を広げた梟の顔が薄くなっていたけれど白くついていた。透明なガラスに気がつかず思いきりぶち当たったらしい。
りすやクマ、てんもいるといっていた。もちろん蛇も
いまはキノコの時期で寮の庭にもハタケシメジなどとれるけれど、ザルなど取りに家に入って戻るともうキノコはすっかりなくなっているのだとか。見つけたらそのばで収穫しないと誰かに持って行かれてしまうらしい。
自然が豊かでうらやましい。私もあの世に行く前に一年でいいからこんなときろで暮らしたい、というと、おんなじように思われるのか東京の家を始末して移住されるかたぼちぼちいらっしゃいます。こんな所に80組の方が常住してるんです、驚いていられた。
ここな少ない年金でも生活できるのではないかと婆さんは密かに見積もりをたてるのだった。
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落ち葉のダビデの星ー寮の玄関先
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梟拓
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タテシナコハンのカエデ
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寮のドウダンツツジ
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by babamama_123 | 2016-11-08 23:50 | 歩く | Comments(0)

雪の金閣寺

朝5時半おきて外を見ると路面も車もうっすらと白かった。今年初めての雪だ~!なんだかうれしくなったけれどあまりにも寒い。すぐに布団にもぐった。
6時過ぎテレビ体操をするのに起きてまた外を覗き見ると、車の上に雪が積もっていた。さっきは暗くてわからなったけれど、雪は結構降り続いてやみそうにない。
雪の金閣寺の写真をとりたい、と雪が降る度に思っていたが果たせずにいた。チャンス到来。今日こそ行こう、と家事をそこそこ片づけて、リュックにカメラを入れて出陣した。つい最近買ったタブレットも持ったのでリュックは結構重くなった。
10時阪急西院につく。駅前のバス停で205番の市バスを待つ。ぼた雪がしきりに降って顔に当たって冷たい。バスはすぐにきたけれど、満員で乗れなかった。どうも行先はみな同じみたい。5分以上待って次のバスに強引に乗った。ぎゅう詰めで足の置き場がないくらい。
バスを降りると雪はこぶりになって、受付の列に並んでいる間に雨に変わった。
金閣寺の中は外国人を含めてやたら人が多かった。その人たちが傘をさしているのだから、写真をとるのがたいへんだった。あしもとはみぞれ状態で、滑りそう。なんとかわりこんでしゃしんをとったけれど、手がかじかんでおもうように動かない。そのうち日がさしてきて、屋根と空の境目がなく、ただただ金色がまぶしいかった。ゴージャスかもしれない。でも私の描いていたイメージとは違う。もっと早い時間にくるべきだった。
つるつるして歩くのがこわかったけれど、滑ってころばなかったし、とりあえず写真もとれたし、よかった。
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by babamama_123 | 2016-01-22 00:28 | 歩く | Comments(2)

MIHO美術館

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五連休に帰省した娘に頼んで、MIHO美術館に連れて行ってもらいました。
この美術館、何年か前に絵画教室の先生から、勧められていました。教室のNさんからも、行ってみて良かったと聞いてもいました。行く機会もないまま忘れていたところ、今月の始め頃、大阪のお友達から、ご家族と行ってきて、とてもよかったと、聞いて、行こうとけっしんしたのですが、どうもとても不便な場所にあるようで、どうしようかと思案しているところに、娘が帰ってきたのでした。
娘は愛息子のニュートンを連れて行くという条件で気持ちよく承諾してくれました。
美術館内はペット同行禁止なので、娘はニュートンと車でお留守番。爺婆二人で観賞ということになったのですが・・・。爺さんは、元々リードの付いていない犬のようなひとなので、管内に入ってすぐ、トイレに行くと言って、そのまま消えてしまいました。いくら待っても出てこないし、男子用のトイレの前をウロウロして、そっとドアーを開け声をかけてみても反応なし。気が付かないうちに、会場を巡っているのだろうと、あわてて婆さんも入り探しました。足の遅い爺さんのことだから、すぐおいつくとおもったのですが、見当たりません。高齢で、病院通いの爺さんなので、ふと、トイレで倒れているのではないかと、不安になりました。美術館の方にお願いしてトイレをみてもらったのですが、いません。事情を話して、見つかったらお互い連絡するということで、一人で見て回ることになりました。

今回はトライアスロン世界チャンピオンが集めた日本の工芸、絵巻、着物等などや、中国、ビザンチン美術などでした。絵画はほとんどなく、レンブラントのエッチングが三点目についたくらいでした。

爺さんを目で追いながら、広い管内を全部見て回り、入口の案内カウンターの前まできたところ、カウンターの前にいるではありませんか。係の人と話している後姿は爺さんにまちがいありません。この人です、と指さしてかけつけました。丁度、かかりの人がビデオルームで見つけたばかりだったということでした。爺さん、シレットして、それから第二会場にむかったのでした。

婆さん、本当に疲れました。


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by babamama_123 | 2015-09-21 23:54 | 歩く | Comments(0)

雄琴温泉と熱中症

旅館から琵琶湖を望む(上夕方、下朝)。右端に琵琶湖大橋
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暑い、暑い、暑い。もう暑いという言葉しかでない。
この暑いさなかに、婆さんと爺さんは、雄琴温泉に一泊2日で出かけることになった。10日前に娘が予約をしてくれたのだ。旅行会社に勤める娘はなんでもポイントがたまって、月末までに予約しないと何万円がふいになるとかで、近場の雄琴温泉の予約をしてくれたのだった。往復の旅費といってもいくらでもないのだけれど、それ以外は一切娘が支払ってくれた。なんという親孝行な娘であることか。同伴者に不服があるけれどよろこんでいくことにした。
八月四日、三日続きの猛暑日で朝から暑い!昼少し前、ニュートンをペットホテルに預けその足で京都駅へ向かった。京都駅11時30分。昼ごはん時である。どこかでランチを考えていたら、爺さん、新福菜館でラーメンを食べる、と言ってきかない。婆さん、らーめんなんか食べたくない!。それでも冷やし中華あるならと、譲歩したら、ある、いうので、烏丸口から10分近く歩いて行ったのだった。しかし、冷やし中華はなかった。しかたないので、もやしの上に焼き豚の乗ったつき出しを食べた。爺さんは大モリラーメンにビール大瓶を召し上がって至極ご満悦。かえりは爺さんの忘れ物を探して少し余計に歩いて、13時11分だかの湖西線に乗った。1日で一番暑い時間に、日傘をさして、我ながらよく歩いたとおもう。爺さんより若干年若いので、その時はなんともなかった。
ところが、夕食がすんで、おふろに入って、床について、2時間?強烈なこむら返りがきた。今回はふくらはぎではなく両方の太ももの付け根から痛みが走った。悪いことに和式の布団である。起き上がることもできない。ツムラ68番の薬をとりに両腕で這って、いこうとしたのだったが、たった数歩で力つきた。いびきをかいてる爺さんをおこしてとってもらった。68番はほんとうによく聞く。1、2分炎症がおさまるのを我慢してたら、痛みが引いた。一時はどうなるかと思った。翌日、爺さんとは京都駅前で別れ、婆さんが、ぺっとほてるにより、ニュートンを連れて家にかえったのは3時過ぎ。もうなにもしたくなかった。夜、爺さんのご飯も作らず、自分はなにも食べずにねむってしまった。熱帯夜なのか、不快な汗が止まらない。頭も痛い。胃も痛い。これ熱中症かも。体重が1キロ減った!

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by babamama_123 | 2015-08-07 16:04 | 歩く | Comments(0)

舞鶴にて


f0095745_15263994.jpg7月20日、海の日に舞鶴港にいくことになった。帰国を2日後に控えて、子供たちのための最後のお楽しみに遊園地に行くと年寄を残して家を出ていったのだったが、急きょ行先を舞鶴に変更して戻ってきた。爺婆を誘うためにである。この日はゆっくりできるとおもっていたのだったが、舞鶴の赤レンガパークにいくというので喜んでお誘いに乗ることにした。
子供といっても大人と変わらない背丈の孫娘二人、太っちょの爺様に、小柄とは言えない娘二人と婆さん、の6人を乗せて、車はぎゅう詰めである。後部のトランクにシートを広げて、若い者二人に座ってもらった。運転は長女。三連休最後の日で最終の新幹線で東京にもどらなければならない。
九号線から高速道にのってしばらく走ると、車が並び始め、次第に渋滞きみになってくる。めずらしいね、台風の影響で道路が塞がってるのかな、などとはなしていると、上空にヘリコプターの音が聞こえた。やっと、今日が舞鶴若狭道の前線開通の日だったと気が付く。渋滞がなければ2時間もしないでつくはずなのに、3時間近くかかってしまった。
赤煉瓦パークの裏にある海沿いの駐車場に車を止めた。うす曇りで海辺なのに風はなく蒸し暑い。雲間からさす日差しはやたらきつくて、またしても帽子や日傘をもってこなかったのを後悔した。
駐車場のすぐ近くの岸壁に、灰色の箱の家たちをした船がとまっている。多分海上自衛隊の護衛艦だろう。それを見て末娘は、"わー かっこいい"と言った。続いて、"日本の海はこうしてまもられているのよね"と。
最近TVで、海上自衛官との合コンを見た。白い制服を着た若い自衛官に数名の若い女性がアタックしている場面を写していた。どの自衛官も両手に花、もてもてだった。
それを思い出して、婆さんはなんだかいやな気持ちになった。もう中年の域に達したわが娘までもとおもったからかもしれない。それにその時、今ころ京都市で安保関連法案反対の集会があるはずだとおもいだしたのだった。孫達と河原町に出た時にそんなびらをくばっていた。到底参加できないので、署名だけしたのだった。
"だからといって戦争につながるのは反対だよ"、と婆さんは言わないでもいいことをつぶやいてしまった。すかさず娘の反撃を食らう。
"こんなちっぽけな国で、ねらわれたらひとたまりもないのに、こうして平和に安穏とくらしていけるのは誰のおかげだと思ってるの" 、ときた。それでも、憲法九条はまもらねければ、というと、"ママは洗脳されてるのよ"と、思いがけない言葉がかえってきた。
娘はアメリカに嫁いで15年になろうとしている。"えっ"、"あなた、アメリカの市民権とったの?"と、言葉に屈して、そうきくのがせいいぱいいだった。郷に入っては郷に従え、とはいうけれど、娘が他国人になってわかりあえないような寂しい気持ちになった。
市民権はとってないし、取るつもりもない、というのだったが、それもまたきがかりである。孫二人は五、六年後には、国籍を母の国にするか、父の国にするか選ぶことになる。葛藤がないのだろうか。
婆さんは、誰からも洗脳されていませんよ。憲法九条は、どこの国にもない崇高な法だとおもっている。恒久の平和、は実現できようができまいが、立派な理想で、これだけでも、日本は世界に秀でて進んでいると思いたい。
集団的自衛権の行使を認めてしまえば、九条にほころびができてしまうのではないだろうか。堤防に小さな穴があくと、そこから水が漏れ出し、穴は徐々に大きくなって、やがて洪水をもたらす。確かオランダに、小さなの男の子が身を持って穴を塞ぎとめたという話、があったっけ。
ほころびはちいさいうちにつくろうべし。孫たちに悲惨な思いをさせたくない。
そんなやりとりがちょっとあったけれど、すぐにけろっとして、海軍カレーを食べに赤煉瓦パークにまっしぐらの娘と爺様でした。
孫たちや娘がニュートンと遊んでいる間に、念願の赤煉瓦をスケッチした。着彩は水彩色鉛筆で家で。

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by babamama_123 | 2015-07-23 14:28 | 歩く | Comments(0)

蓼科へー2

蓼科二日目
北向きの窓のカーテンをそっと開けると、黒々した樹間に澄んだ青空が見える。5時半、外はまだうす暗い。寮の朝食は7時半。管理兼調理担当のおじさんが、"朝食の用意ができました、食堂へお越しください"、と全室に届く声でアナウンスしてくれる。おじさんとは、もう10年以上来のおつきあいなのに、少しも変わらない。いつもお若いですね、というと、もう70を超えました、と笑って言った。寮が休みの時やお客さんのいないときは、地元八ヶ岳の近辺を山菜取りなどしてとびあるいているのだそうな。爺様と対照的な細身の体は出ているところは、もうすっかりひやけしてこげ茶色である。地元出身なので、若い頃からの山菜や猟の仲間が大勢いてなんでも知っている、と自慢話をする。今年も朝食後の行動についておじさんに教示願った。婆さんは高原のお花をみたかったけれど、若い者の希望を受け入れて、ブルーベリー摘みにいくことになった。
朝食の後ゆっくりして、車で小一時間走ったところに、ブルーベリー農場はあった。まだ昼前なのに強烈な日差しで、帽子をもってこなかったのが悔やまれた。少し待って農場の人が表れて、今日がブルーベリー摘み開園の初日であることを告げられた。私たちは初日の初お客であった。一人1500円を払い、プラスチック容器と、帽子を借りて農園に入る。今まで見たこともない大きな粒のブルーベリーがたわわになっている。味見をしてきにいったのを摘むようにといわれていたので、おおきいのから食べて、その周りのをお持ち帰りケースに入れた。無農薬栽培ということで、あらわないでそのまま口に入れても心配ない。手を休めて顔をあげたら、リスのように両ほっぺをパンパンに膨らませた孫娘が見えた。下の子は十二歳未満で子供料金なので、お持ち帰りのケースはない。もうたべきれない、といいながらどんどん口に入れている。ちょっとすっぱいけれど、熟れきっていない分さわやかな味がしてとてもおおいしい。食べるだけ食べて、箱もいっぱいにして、入口に集合した。爺さんは先にベンチに座って待っていた。ケースがないので、どうしたのかと聞けば、農園の柵の下においてあるという。取りに行くと、容器とその蓋まで山盛りに積んであった。婆さんあわてて、もうしわけないので、追加料金をはらうので、もう一つパックをください、というと、ご主人は今日は初日なのでサービスですといって袋をくれた。そのまま袋に入れてもいいということらしい。爺さんの積んだのは婆さんの三倍はあった。(´◉◞౪◟◉)
昼農園を後にして、農家食堂のお蕎麦屋さんへ。それから縄文博物館で遊んで寮へもどった。今回は温泉はなし。
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by babamama_123 | 2015-07-21 15:24 | 歩く | Comments(0)

蓼科へー1

今夏も蓼科の保養所に行くことになった。孫娘が爺さんの元勤務していた会社の寮をとても気に入って、日本に行ったら、行きたいところリストにはいっているのだとか。
二泊三日の予定で、猫のマロンはキャットシッターさんにお願いし、犬のニュートンはアヤハディオのペットホテルに預けることにした。
10日朝、まずニュートンを預けて、10時少し前、京都南インターへ。天気は、青い空に夏の雲が広がりきわめて良好。16時過ぎに、茅野で、東京からレンタカーで来る長女と落ち合う。時間はたっぷり、末娘は四人の老若男女の命を預かって、慎重に運転している。この日のために、来日翌日から、運転の練習はしてあった。右側交通から左側交通にかわるので、初めはちょっと混乱した場面があったけれど、すぐに勘を取り戻したようだ。
今日のメインイベントは、爺様のたっての希望で、昼にいつものうなぎどんぶりを食べること。
13時頃中津川インターを降りて、中津川市内にある、うなぎの専門店"山品"に向かった。
かれこれ10数年前から、会社のゴルフコンペを含め、蓼科へ行くときは必ず山品に寄るようになっている。爺様の山科のポイントカードはもうすぐいっぱいになるくらいかよっているのだ。けれど、今年は今までのように、ハイハイどうぞお好きなものを召し上がれ、というわけにはいかない。血糖値が高く、この度は血糖値計測器とインシュリン注射にじゅんかんきの薬持参の旅なのである。
しかし爺様は、婆さんの心配をよそに、特上大盛りうな丼(一番たかいので、3000円)を注文した。
寮について、夕食前に計った血糖値は、なんと495!言わんこっちゃない!
けれど、この先何度これるかわからないのだし、冥途で悔やむことのないよう思いっきり召し上げれ、と思う婆さんの下心は・・・・?。
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ウナギは二段、ご飯の間に上と同じくらい大きいのが入っている。
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ご飯粒一つ残さず完食!!

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by babamama_123 | 2015-07-10 14:25 | 歩く | Comments(0)

早春の花々

3月13日の金曜日、大阪の友人に誘われて、春を告げる花、セツブンソウを見に西へ向かった。友達は、今度の誕生日に自動車免許更新を迎えるにあたって、思い切って返納することに決めたという。だから、これが最後の長距離ドライブになるかもしれない、と名残惜しそうに愛車を運転した。私は去年更新の時期だったが、返納というより、更新をしなかったので、免許は自然消滅してしまっている。お互い50代で免許を取得して、これまでずいぶんた楽しませてもらった、人生で唯一、最高の幸せだったわね、などと話しながら、彼女は3時間近くを通して運転した。
目指すは岡山県美作の農村にある畑。そこに山野草が保護されているという。少し道に迷ったけれど昼過ぎ無事到着。残念ながらセツブンソウは終わって、ちらほら残っているだけだった。けれど、アズマイチゲの盛りで、畑の斜面を白くそめていた。
私の目的は、小さな花を大きく、美しく写すこと。そのためにマクロレンズを内緒で買ったのだ。今回もマクロレンズをセットしてきた。ところが、絞り優先、背景はぼけあじにと、花を接写しようとするのだが、焦点が中々決まらない。なにやら計算しているらしい音がするが、十回に1回くらいしか焦点がきまらないのである。なぜだ、とぶつぶつ言っていたら、大きなレンズを備えた人が、シーンモードの花にしたらどうですか、と教えてくれた。津山から、やはり山野草を撮りにきたという彼は、どこか時の総理大臣安倍晋三氏に似た面影をしている。と私がいうと、友達はそうかなー?と興味なさそうだった。言われる通りの設定で写したところ、なんということなくうまくいった!まだまだカメラも勉強しなければいけないと痛感した。そのためには、身体が覚えるまで撮り続けること。残念ながら、中々その時間を獲るのは難しい。
セリバオウレン
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フクジュソウ
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ユキワリイチゲ
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アズマイチゲ
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セツブンソウ
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by babamama_123 | 2015-03-14 23:20 | 歩く | Comments(2)

晩秋の午後

3連休最後の午後、ニュートンの散歩がてら亀岡方面に行きました。9号線から高速にのる少し手前には、大枝の柿でしられる柿畑があります。絵画教室で柿の葉を描いていられたのを見て、婆さんも描いてみたくなり、柿の葉を拾いに、柿畑によりました。柿の木に実はもうちらほらとしかなく、地面は色とりどりの葉っぱで埋め尽くされていました。赤や黄色、少し緑の混じった大きなはっぱ、色合いが美しく、数枚頂いて、柿の実を一盛買って、ドッグランに向かいました。ニュートンを走らせて家に戻るともうとっぷり日が落ちて、あわただしく晩秋の一日が過ぎてしまいました。
翌日の今日、ブログに写真を乗せて、葉っぱの絵も描くはずだったのが、PCのトラブルにてこずりはやくも夕暮れです。なんとかトラブルは解消できたものの、今日もおもうようにならない一日でした。
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買った渋柿をハンガーに結わえて、軒下につるしました。一月後には甘い干し柿ができるはず・・・

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by babamama_123 | 2014-11-25 17:05 | 歩く | Comments(0)

ラストラダ(寮)の食事に不足があるわけではないけれど、信州らしい洒落なお店にも行ってみたい。山間の隠れ家のといったひなびた風情のレストランをおもい描いて、初日の寮の夕食は予約しなかった。といってどこというあてがあるわけでない。車の中で、ネットを検索してもきめられないまま、高速を降りた。もう5時を過ぎて夕暮れが迫っていた。とりあえず寮に荷物を置いて、寮のおじさんに、手頃なお店を訪ねた。おじさんは、地元の人なので、食事どころに詳しい。あそこも、ここも、ぼくの中学の同級生がやってる。といって、ここから15分はしったところに洋食屋があるよ、と教えてくれた。森を出て、交差点にKマートがあるだろ、その筋向いだで、すぐわかる。と言われて、暗い雨上がりの夜道を走ること30分あまり。それらしきところに行きあたらない。爺さんはたちまち不機嫌になって、地図の読めない女、とかなんとか悪態をつき始める。やっと見つけたと思ったら、運転手の娘は、イメージしてたのとちがうと言って素通りしてしまった。茅野に気になるお店を見かけたので、そこに行ってみようと言う。またうろうろ走って、娘の目当てのお店にたどりついた。街に近い国道沿いにあって、庭木に囲まれた小さなお店である。飛び込みの客だったが、丁度団体のパーテイが終わって片付いたところですと、気持ちよく入れてくれた。
店内は20人も入ったら一杯になるくらいで、窓際や棚にワインのボトルがずらーっと並べられている。壁には、誰の作品かきいたけれど忘れてしまった、エッチングのバレー姿の女性像が飾られている。全体暗い照明で、ステンドグラスのランプシェードから明かりがふわっと店内を照らしている。
いい感じじゃない、と娘と話しているところに、マダムと思しき女性がメニューを持って来た。逆三角形の顔に、携帯ストラップのドコモダケの暈のような髪型が似合っている。黒いロングのワンピースを着て、パッと見た瞬間、絵からぬけでてきたような姿だ、とまず驚いた。次にびっくりしたのは、テーブルに置かれたペーパーマットだった。わら半紙風のかみに鉛筆画と詩が描かれている。3人とも違った絵と詩で、とてもセンスがいい。料理を運んできたマダムに、なかなかいいですね、と話しかけると、それは私がかいたものです、自己流なんですよ、と言われた。ご主人のシェフも、ふっくらした穏やかな人物で、感じがよかった。
テーブルについてまもなく、奥のテーブルに5、6人の家族らしい予約客がやってきた。
今日は金婚のお祝いなのだそうです、とマダムが言った。私の席からは主賓の金婚のご夫婦は背中しかみえない。前にすわっているのは招待した息子なのだろう。丸顔に眼鏡をかけて、おだやかな笑顔の人物である。金婚というのは結婚して50年。ご夫婦は私達とほぼ同じ年配ではないかと思われる。細身に黒いスーツのご主人は、横の車いすの奥様に、お料理を、お皿にとりわけていられた。ちらっと見えた横顔が優しく静かで、ご夫婦の50年もきっと穏やかに流れたのだろう想像した。あと7年後には、私達も金婚を迎えるだろけれど、暴風の吹き荒れる荒波の海に浮かぶ船に乗った年月だった・・・・。こんな穏やかな金婚式は望むべくもないと、爺さんの横顔を見つめる婆さんだった。運転手の娘はお酒は飲めないのに、おいしいワインを注文している。ばあちゃんの誕生祝だと思えばいいじゃない、という言葉にのせられて、予算外の食事をしてしまった。足りない分は娘の支払いとなった。
帰り際、入口横のオルゴールから、アニーローリーのメロディーが店内に響き渡った。
お店の名前はDis Moi(私に言って、とか私に教えて、という意味らしい) また来たいお店である。
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by babamama_123 | 2014-11-07 10:34 | 歩く | Comments(0)