この3日間

月曜、朝起きると声がでなくなっていた。喉の奥が痛むので気管支炎にかかったらしい。この2,3年忘れていた症状だった。火曜は人間ドックの予約日なので、前夜9時から何も食べずに7時過ぎに病院に行った。番号札をもらい、8時30分まで待った。幸い順番は1番だったので、検査は10時には終わった。ただし、喉が痛むので胃カメラは来週の火曜まで延ばしてもらった。
検査は血圧と身長、体重測定からはじまる。身長をはかるのは何年ぶりだろう。今頃はなにもかもでじたるで、身長と体重の値が書かれた記録紙がすぐに出てきた。身長がなんと4センチ近くも減っている。もう160センチ代ではなかった。いつのまにこんなに縮んでしまったのだろう。急に10歳以上も年を取ってしまったようでショックだった。そのため家に帰ると熱が出てしまい、めったにないことに、寝込んでしまった。熱のせいで口の中がまずく食欲がまるでない。丸2日食事をとらなかったら、体重が2キロ以上減っていた。10年ぶりに52キロ代になった。ちょっとうれしくなって、熱はほぼ平熱に冷まった。これをキープしようと決意しtのだったが土曜の朝には+1キロ。もう一回熱を出さなければならない。私の理想体重は52~53キロなのである。縮んだ分体重ももう少しおとさなければ・・・
昨日金曜は昼友人と”遊時”で蕎麦定食を食べ、腹ごなしというわけではないけれど、桂川まで1.5キロほど歩いた。時々雲がかかったが、暖かな日差しで歩いていて気持ちよかった。河川敷に踊子草がさいているのを目ざとい友人が見つけた。小さなピンク色の花で、菅笠をさした踊り子の形をしている。友人は小枝に止まっている小鳥をみてカワセミではないかという。私には、なにかのかたまりにしか見えなかったので、よく見ようと近づいたら飛び去ってしまった。鴨の群れが浮かんでのどかな風景だった。もうすぐ立春。寒さもしばらくの辛抱。
夕方は爺様と映画を見にいくことになっていた。いいだしたのは爺様、電話で聞くと未だ空席があるという。ちょっと脚が攣れて痛かったけれど付き合ってさしあげた。見たいのは、今人気の”アバター”である。映画を見る時はいつもペットボトルのお茶と、紙パックの牛乳。それに何か食べるものを欠かさない。今日は入院中よほどたべたかったのかかっぱえびせん1袋を持って入った。映画がはじまると、すぐにとなりからいびきがきこえてくるのだったが、今回はポリポリという音が続いていた。映画が終わると風ろは空っぽだった。爺様は”しょうもない”といいながら、眠らずにみていたらしい。結構おもしろかった。婆さんは3D用のメガネを近眼用のメガネの上に重ねてみるので、初めのころは慣れなくて2重にずれてみえたり、そのうち鼻が痛くなってしんどかった。脳の3D映像がちらっと出た時、爺さんの心臓大動脈の映像を思い出して、3次元映像でみられるのもとおくないのだろうなと思ったりした。森のシーンは魅惑的だったが、ナヴィーがなんで爬虫類のようなのか、哺乳類の形をしてたらもっといただけたのになんておもった。
家に帰るとナヴィーのような眼をしてまろんが怒っていた。お腹をすかせていたのだ。

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by babamama_123 | 2010-01-31 00:19 | 日々の記録 | Comments(0)

描き初め

2010年の描き初めは、聖護院大根と赤大根。
しばらく絵のお教室を休んでいたので、何を描いたらよいのかわからなくなってしまった。
とりあえず絵具を持って教室に行くと、児童のクラスが終わるところだった。机の上に聖護院大根と赤かぶが転がっていた。小学生達は自分の描いた作品を棚に片づけるところだった。見せてもらうと、それは見事な出来栄えなのだ。色紙に墨汁で、大根が紙からはみ出るほど大きく描かれている。婆さんも同じものを色紙に描くことにした。墨汁は一度描くと消すことはおろか、薄めることもできない。子供達にならって、えいやっ、と描いてみたけれど、やっぱり思うようにはならなかった。

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by babamama_123 | 2010-01-24 08:18 | かく | Comments(0)

祝退院

今日の午後、爺さんはやっと退院した。入院最後の昼食のあと、栄養士から食事指導があった。爺さんの食事は1日、1600キロカロリー、1日の総塩分量は6グラム(約大匙1杯)。日本人の平均塩分量の半分である。油も大匙1杯くらい。減塩は、だしを利かせることでカバーできると教えてくれた。お米は大事なカロリー源であるから、小さなお茶碗に7分目くらい食べること。爺さんは素直にうなづいていたが、いつまでもつやら。糖質制限食とご飯は食べること、の、一体どっちを優先すればいいのか、料理担当の婆さんは戸惑うばかり。
家に帰った爺さんは、同室の人に運動せなあかんと、説教をたれていたが、居間のソファーに腰をおろしストーブの番をして一歩も動こうとしない。マルの散歩を頼んでも、雑菌がはいるからと断り、2,3歩動けばとれるものを、婆さんに命令してとらせる。これから先がおもいやられて、頭が痛くなってしまった。
今晩の献立:切干大根の煮物(油あげ、糸こんにゃく、人参、えのきだけ入り。カツオと昆布のだし汁)小松菜のオリーブオイル炒め、お刺身5切れ。雑穀入り玄米。使用した塩は全部で5グラム(3人分)、油大匙1杯(3人分)、お醤油大匙1杯(3人分)、糖質0パーセントのお酒。今晩の飲酒量は0.
婆さんは栄養士さんの言うことを忠実に守りました。ここに証拠として記録します。

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by babamama_123 | 2010-01-21 23:06 | 日々の記録 | Comments(0)

猫を祭る

爺様の長年の愛読誌は、某夕刊2誌である。入院してからも、婆さんや娘に命じて某2誌を買って来させ欠かさず読んでいる。似たような、お品のない新聞を2誌も、毎日買わされるのだから、たまったものではない。1誌130円、日曜は休刊なので、月24回。260円×24=6240円。結構な額である。婆さんは、長年毎月6280円を捨ててきた。いっそのこと爺さんも新聞紙ごと捨ててしまいたいと何度思ったかしれない。
手術を翌日に控えた日、爺さんから写メが送られてきた。某夕刊紙の記事を写したもので、3回に分けてあった。読書案内で、千田佳代著”猫を祭る”の書評だった。入院中の爺さんは、猫はどうしてると、マロンのことばかり気にする。マロンは入院した初めのころは爺さんの部屋の前で泣き叫んでいたが、今ではいないのがわかったのか、婆さんのおひざまっしぐらである。写メを送ってきたからといって、その本を読みたいというのではなかった。書評を読んで読む気になったのは婆さんのほうである。街中の書店に出向いて早速買ってきた。 著者は後期高齢者で、独身。10代の時、空襲の機銃掃射を受け複雑骨折し、右足人工股関節の3級身体障害者である。年を重ねるにつれて、訪れる人も少なくなり、外出もままならず、会話のない日々が続く。そんな時に住居の周りで野良猫の親子を見つけ、その内の1匹、ブスと親しくなる。借家で、大家さんの子供は動物の毛のアレルギーと聞いて、家の中で飼えない。こっそり外で餌を与えているうちに、ブスと会話をするようになり、ブスも夜毎家のベランダに通ってくるようになる。それでも「猫と男は家の中にいれてはいけない」ことになっているからと、飼い猫にすることはなかった。しばらくぶすの来ない日が続いて、ある雨風の強い日、”わたし”の家にやってくる。ブス、おいで(と言ったか?)と呼んでも、ブスは離れたところでわたしをしばらく見つめ、去っていく。その数日後、イチゴを持った人がわたしの家に来る。ブスの飼い主で、昨日雑木林でブスが死んでいたのを見つけたと言った。ブスをかわいがっていただいてと、イチゴを持ってきたのだった。ブスは近隣の家を訪ねまわる人気者だった。病死だった。
 その後姪の飼い猫であるアビシニアンの雄ナイルを飼うことになる。家は引っ越して座間市に移った。月に一度厚木基地から飛ぶ軍用機の爆音に十代の記憶がよみがえり身震いする。ナイルはなかなかなつかなかったが、4年たった現在、わたしの布団に入り、わたしの後をいつもついてまわるようになった。ある時わたしは気がつく。猫の4年は人間の16年。わたしもナイルも老いたと感じる。ペットロスを恐れて、野良の子猫を拾いそだてようとしたが、ナイルの激しい嫉妬にあい、子猫は姪の家の外猫として飼ってもらうことになった。 わたしは俳句をしている。季節の変化や自然の描写が簡潔で決まっているのがよかった。独身をとおしたため、人生の片面しかしらないと嘆き、子を産み、育てることに未経験で、子猫のしぐさに戸惑い、自分の生い立ちも語られる。
表紙の帯に、・・・人生の根源に触れた哀しみと孤独が匂い立ってくる・・・・と書かれているが、婆さんは、それを超越した、静かで穏やかな著者のたたずまいを思い浮かべた。
 表題の”猫を祭る”は、中国の詩人、梅堯臣、の詩からとられた。本の初めの方に、猫を祭るの詩が紹介されている。

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by babamama_123 | 2010-01-17 13:59 | 読む | Comments(0)

昨年の暮れ近く、爺さんを見舞った帰り、病院の送迎バスが出てしまった直後だったので、ウオーキングを兼ねて歩いて帰ることにした。病院を出て坂を下りたところに西京図書館があるのに気がついて久しぶりに寄って見た。そこで見つけたのが、村田喜代子著「あなたと共に逝きましょう」である。題名にひかれて借りて読むことにした。私にとって、タイムリーな内容で、興味深く、又勉強にもなった。
 服飾文化の大学講師である主人公の夫が、心臓大動脈瘤を抱えていることがわかる。それも直径6センチ余り、きわめて危険な大きさだった。4.5センチを超えるといつ破裂するかわからない。破裂すれば即死である。即刻手術が必要であるが、夫は手術を恐れて、予約をとろうとしない。手術をしないでなおせないものかと、民間療法やら、温泉の岩盤浴を試す。信州に焼野温泉というところがあって、ここの岩盤浴はあらゆる病気に効くということを、初めて知った。主人公は胸に爆弾をかかえた夫と、2週間の岩盤浴に付き合う。食事は玄米菜食、それも100回噛んで食べるとよい。夫はそれも忠実に行った。その結果、検査で5ミリではあったが、瘤が縮んでいた。医者は首をかしげたが、危険であることには変わりない。医者に叱られて結局手術に踏み切る。心臓のことや、心臓外科手術がわかりやすく語られて、参考になった。手術の結果は、医者が驚くほど良好で、学会で発表したいと言われる。夫は元気になったが、主人公は何故か釈然としない気持ちに追い込まれる・・・・。このあたり、よくわかる・・・

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by babamama_123 | 2010-01-16 12:53 | 読む | Comments(0)

京の蕎麦どころ3

今日の夕方娘は帰国した。今頃はもう日本の上空を離れて飛んでいるだろう。
昨日も、これが最後になるからと、お昼は蕎麦屋で過ごした。
昨年の秋ごろ、上の娘が、桂駅西口の近くにおいしいお蕎麦屋さんがあると、情報を得てきた。それ以来西口駅周辺を気をつけて見てあるいたが日本蕎麦のお店はみつからなかった。日曜に北山の蕎麦屋さんにいったとき、”京の蕎麦どころ”(たしかこんな名前)の小雑誌がおいてあって、そこに桂の蕎麦屋さんがのっていた。”遊時”(yuuji)。場所は西口から徒歩5分。何度か通った道にあった。まさに燈台もと暗し。入口は白い窓枠の窓と木のドアーで間口の狭い小さなお店である。夜通った時確かに見た覚えがある。その時、中の赤い電気の光を見て、居酒屋か喫茶店かどっちかだろうと思った。上の娘が言うには、そば通のひとには知られたお店なのだそうだ。
昼ごはんなので、定食にしたが、ここのお蕎麦は、戸隠そばで、おそばのほかにも合鴨や鳥料理がある。店主は利き酒もするということで銘酒も揃っている。テーブルは4つ、中もとても狭い。夜、お銚子を傾け、小鉢をつつきながらしっとりとお酒を酌み交わしたらいいかな、と思い、向かいの席に座る人を想像してみた。がいくら思ってみても該当者が浮かばない。もしいたところで、何をしゃべったらいいのか・・・。語らずとも通じ合う仲でないと、と考えて、そんな相手はトラしかないと思い至った。猫も5歳を過ぎると、訳知り顔になって、じっと人の顔を見つめたりする時がある。とらの遠くを見るような目と、どっしりと静かなたたずまいを忘れられない。そこにいくと爺さんは失脚。先日お見舞いに行ったとき、婆さんの顔を見ると神経が高ぶっていらつく、と言われた。それではお体によろしくないでしょうと、その後2,3日病院に行くのをやめていたら、謝罪のメールが届いたが、爺さんが相手ではしっとりとは絶対いかないのは昔からわかっていること。やっぱり寅雄がいい。でもとらはいない・・・

そば定食 1000円(うまき卵焼き、蕎麦粒入りなめこ、こいもとこんにゃくのにもの、
麦とろごはん、ざるそば)

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by babamama_123 | 2010-01-15 00:08 | Comments(3)

京の蕎麦どころ2

1月7日、桂病院のある西山の麓は雪がちらつていた。婆さんと娘は、昼少し前爺さんを見舞い、病院を出ると、昼ごはんの時間だった。またしてもお蕎麦屋さんにいくことになった。嵐山の川沿いにおいしい蕎麦屋があって結構知られていると、上の娘がいっていたのを思い出して、車を走らせた。お店は渡月橋のすぐ近くにあった。車で通ると、丁度お店を開けたところで、女の店員さんが門の前の階段に水を打っているところだった。駐車場を聞いてから、歩いて又お店にはいると、窓側の見晴らしよい所に”予約”席をとっておいてくれていた。とても手回しがいい。12時少し前だったので、お客さんは婆さん達の他2組ほどだったけれど、すぐに2階は満席になった。メニューはいろいろあったけれど、新蕎麦の十割蕎麦のざるを註文。確か1300円くらいだった。ここは娘がご馳走してくれた。テーブルの前は総ガラス張りで、眼下に桂川が正午の光を反射してまばゆかった。平日のせいか、渡月橋を行きかう人の数は珍しく少なかった。新蕎麦も美味しかったが、この眺めに★を5個。
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by babamama_123 | 2010-01-14 12:18 | Comments(0)

京の蕎麦処1

爺さんの術後の経過は快調で、京あたり胸のホチキスもはずされる。娘は安心して帰国することができると、残り少ない日本の時間を、友達に会ったり、なにかと忙しい。日本の本物のお蕎麦を食べて帰りたいというので、爺さんを見舞った帰り、市内の蕎麦所を訪ねることになった。
先月、来日したその日の昼ご飯もお蕎麦だった。桂大橋を渡ったところに、老舗の和菓子屋、中村軒がある。そのお店の下にある中村軒の縁戚(息子?)のお店で、韃靼そばを打っていると聞いたことがある。ちょっと入りにくい感じだったが思い切って入ってみた。ざるそばが1000円、デザートに中村軒の和菓子がついていた。蕎麦のこしが強くとてもおいしかったけれど、写真を撮るのを忘れてしまった。といって敷居が高い気がして又ちょっと行こうかなという気にならない。近場なのでそのうちいこうかなとは思っている。
日曜の午後遅く、北山通りにある”じん六”に行った。食べたのは、蕎麦三昧。その日は、茨城県、福井県、北海道産の三種のお蕎麦が別々のお皿に盛られて出された。どれも新蕎麦の十割そばで其々に微妙に味が違っておいしかった。蕎麦つゆは京風で、薄い色だけど、かつおの香ばしい香りがしている。娘は大盛りをぺろりと平らげた。私と年上の娘は普通盛りと、蕎麦がきを分けた。上の娘か日本酒を1本つけたが、それがお蕎麦にあってとてもおいしかった。
娘たちの評価は、お蕎麦よりも、お店の店員さんに高かった。ばあさんには、ひげ面のもさい男にしか見えなかったけれど、それがかえってセクシーなのだと口を揃えた。
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by babamama_123 | 2010-01-14 11:51 | Comments(0)

手術成功

昨日、爺さんの心臓血管バイパス手術は無事成功した。前日、順調ならば4時間、多くかかっても5時間、午後3時過ぎには終わると説明された。9時少し前に家族は病室に集まり、手術室に向かう爺さんを見送り、面談室と書かれた小部屋で待つことになった。交代で病院の売店に行き、お腹の足しになるものを買ってきて、飲んだり食べたりしているうちに時間は過ぎ2時になった。そろそろ知らせがあるだろうと、ソファーに横になって寝ている娘たちを起こし、テーブルの上を清掃して居住まいをただして待った。しかしドアーがノックされたのは5時過ぎ。遅くても終わる時間から2時間もたっていた。看護婦さんに誘導されて手術室の前に向かうと、ま縫合の最中で、医者がでてきたのは5時半過ぎていた。
手術は無事終わったが、バイパスをつけなおしたので時間がかかったと説明された。
さらに半時待って、集中治療室で爺さんに面会した。爺さんは身体にたくさんの管をつけ、口に人工呼吸のパイプをくわて、麻酔で眠っていた。胸の中央の縦にびっしり止められたホチキスの金光が痛々しかったが、顔の血色はよく、安定した状態であるのがわかる。
口にくわえたパイプは夜中にはとれ、明日の朝には麻酔も覚めて、意識も戻り、夕食も食べられるようになるという。
 帰り道、外科医の腕の素晴らしさを改めて思った。心臓を動かしたまま、胸の血管を心臓の冠動脈につなげるのである。糸みみずのように動く1.5ミリの血管を、心臓の鼓動に合わせて手を上下にうごかしながらつなぐのだと、前日の説明で若い外科医は言っていた。婆さんは、その手をまじまじと見た。そんなことが、できるなんて、まさに神の手だ。けれど、婆さんの心臓に異常が起きたら、神の手にゆだねるのはご遠慮申し上げよう。この年まできたら、わが寿命がつきたのだと、なるがままにまかせようと思う。

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by babamama_123 | 2010-01-06 23:41 | 日々の記録 | Comments(2)

2010年のおせち

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今年のおせちは糖質制限食に決めました。お砂糖はラカントSに、八つ頭などのイモ類抜きです。だいぶ薄味になってしまいましたが、結構おいしく頂けました。黒豆は説くに好評でした。少し固めですが、色、艶がよく皺ひとつないできばえにわれながら、よくやった、と感心しています。
お盆 左前から 田作り、数の子、紅白加茂凹、スモークサーモンと春菊の大根巻き、
    黒豆、ぶりのお刺身、エビの姿焼、たたきごぼう、、にしんの昆布巻き、大根といくらのなます
小鉢 根菜の煮つけ(ごぼう、レンコン、人参、しいたけ、たけのこ、鶏肉)

    昆布巻きは焦がしてしまい失敗。たくさん作ったのに残念!!
    30日の夜、黒豆など下処理をして、31日に全部料理しました。長時間台所に立ったせいか、元日はからだがしんどかった・・・・

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by babamama_123 | 2010-01-04 23:17 | 食べる | Comments(0)