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天竜寺のお花

桜の季節です。毎朝、TVで、京都のさくらの開花状況を写しています。30日は天竜寺のしだれ桜を紹介していました。あまりすっきりした天気ではなかったけれど、晴れの日を待てないので、人ごみを予想しながら、天竜寺にでかけました。
案の定、天竜寺は人でいっぱいです。外国の人も多く、英語や中国語がとびかってにぎやかでした。
庭園には、早くも山吹やシャクナゲが咲き、みつばつつじが斜面を色づけていました。雨が多かったせいか、苔の緑もあざやかです。TVでも写していたしだれ桜は満開で、みごとでした。小高いところから眺めると、桜色の雲の上にいるようです。遠くに京都の街がおぼろにかすんで見えました。

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ぼけ

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みつばつつじ

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しだれ桜

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しゃくなげ

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やまぶき

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by babamama_123 | 2010-03-31 12:47 | 歩く | Comments(2)

8日間の執刀猶予

3月23日午後3時、入院手続きを済ませ、消化器系病棟の病室に入る。4人部屋で私のベッドは窓側に決まった。窓側のもう一つのベッドは埋まっていて、廊下側の2ベッドは空いていたけれど、夕方には緊急入院された方もあって満室になった。窓から、西山の竹林を背に桜の大木が見える。雨でかすんでいても木の全体が濃いピンク色をしていた。今年のお花見はあきらめていたので、救われた思いがした。6時に夕食をとり、早めに眠った。翌日は9時から手術になるので、9時以降はお茶も飲んではいけない。ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。
24日は朝食抜きで、9時に内視鏡の部屋に向かう。前日執刀医の山川先生から、手術の方法などについて詳しい話があった。爺さんと二人で神妙にうかがう。幹部を1ミリほどの電気メスで焼きながらきりとっていくのだという。穴があいたり、出血などで重態になる場合が3パーセント報告されているが、過去何年間、山川先生はそのようなことはなかったと言われた。先生は、「わたしは、患者さんに嘘をつきません。本当のことをはっきり言います。この癌は必ずなおります。」と何度も念を押すように言われる。あまり強調されると、かえって裏がありそうで、不安になる。内視鏡でとれる大きさを超えているけれど、9センチもの大きな癌の腫瘍を内視鏡で取るのに成功したと言われる。その時は6時間もかかってへとへとだったとか。ちいさければ1時間で済むところ、私の場合は2,3時間かかると言われた。終わるのは、9時に始まれば11時過ぎだから、その時間までに付き添いの方は来てくださいという。
10時45分に安定剤の筋肉注射があり、続いて点滴でなんとかという睡眠薬の点滴開始の指示があったのをはっきり覚えている。その後のことはなにもわからない。「11時・・」という人の声で意識が戻った。べっどは手術室の外だった。看護婦さんに、「終わったのですか」と聞くと、「おわりましたよ」と言われた。口には何もくわえていないので、「内視鏡入ったのですか」とさらにきくと、入りましたという。3時間かかるときいていたのに、手術室に向かってから30分もたっていない。とても不思議だった。
病室に戻ると爺さんがきていた。家に戻ったところ電話で呼び出されてきたのだという。山川先生が来られて、手術はできなかったと言われた。内視鏡を入れてみると、幹部の上に潰瘍が張り付いていた。この症状は根が深いので手術はしない。見てすぐに内視鏡を引き上げたのだと言われた。結局胃を切ることになった。このまま退院して手術お日が決まるまで待つことになるが、又一月先になったのでは、どういうことになるのか・・。予定通り1週間入院して手術のための検査をすべておこなうことにした。雨は降り続くし憂鬱になる。山川先生は医師の会議で外科と話しあい手術日を決めると言われた。26日の夜、手術は4月6日に決まったと報告があった。検査の終わる27日に一時退院して、5日まで自宅で過ごすことになった。
病院に入ると、自覚症状はなかったのに、何故か病人らしくなって、一日中ベッドの上で寝ていても苦痛ではなく、むしろ身体が楽なのだ。病院の食事はとてもおいしく3食とも完食。それなのに体重は2キロ近く減った。晴れた日の朝病室の鏡を見たら、顔が白っぽくなって、全体に小じわがびっしり。なんだか自分でないようでぞっとした。胃を切ったあとはどうんな顔になるのだろう・・・。
1週間あまり手術の日が延びて、花見ができる喜びを得たけれど、又もやもやした気分を抱え込むことになった。もしかして最後の花見になるかもしれない。ならばしっかりお花見を楽しもう。横浜の娘が子供を連れてくるという。今は、ただ孫との花見を楽しみだ。

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by babamama_123 | 2010-03-29 00:32 | 日々の記録 | Comments(0)

トルコの人形

2月の初めから描き始めた油彩画がほぼ完成しました。まだ不十分なところばかりですが、区切りの時期なので終わらせることにしたのです。
モチーフは、かれこれ10年近く前、爺さんがトルコに旅行した時のお土産です。身長10センチほどの小さな人形で、もうだいぶ色あせてしまいましたが、衣装の色合いが面白くて描いてみようとおもいたったのです。が難しかった。模様が細かくて色もユニークで思ったように出せません。終わりにしたのは、区切りというより、さじを投げたというのが正直なところです。人形の表情はこんな感じかなと思います。

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by babamama_123 | 2010-03-22 13:36 | かく | Comments(0)

アミ 小さな宇宙人

昼時、寺町通りを歩いていて、変わった名前のお店を見つけました。
”mumokuteki”という名のカフェレストランです。お腹がすいていたので入って見ました。そこは肉なし、卵なし、牛乳も砂糖も使わない自然食品のレストランでした。ご飯は玄米か雑穀米、玄米入白米の3種類が用意されています。ランチプレートは野菜の炊いたものと、野菜コロッケなど小鉢が3つにお味噌汁と玄米で、850円です。一人でゆっくり楽しんで頂きました。
テーブルの上に、はがきサイズのファイルがおいてあったので、開くと、そこに店員さんお勧めの本の書評が手書きで描いたのが入っていました。本屋は階下あって店長のお気にいりの本しかおいていないとも描かれています。そのファイルの中に、”アミ 小さな宇宙人”というのがあって絶賛していたので、帰りに買って読みました。
 子供むけと冒頭にかいてありましたが、どうしてどうして・・・。”星の王子様”の現代版といった感じでなかなか味わい深いものがあります。主人公はペドゥリートという名前の9歳の男の子です。ある日の夕方、海岸にいたペドゥリートの前に宇宙船が落下してきて、中からアミという名の宇宙人が彼の前に姿を現す、というところからお話が始まります。
 読んだあと、もしかしたら、著者がペドゥリートで、自分の体験を描いたのではないかと思いました。婆さんもアミに会って、宇宙船にのって他の星にいってみたいものだと強く思いました。

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by babamama_123 | 2010-03-22 13:22 | 読む | Comments(0)

頼みの綱

野菜ジュースを飲み始めて2週間になった。なにしろまだ半月なので、効果があったのか、あるのか、身体の中のことでさっぱりわからない。それでも、鰯の頭も信心から、信ずる者は幸いなり、と面倒くさいけれど、一生懸命作って飲んでいる。済陽高穂先生の本によれば、1日にこのジュースを1000cc以上のまなければいけない。が、「おれにも飲ませろ」と言う」爺様の分もつくらねばならず、その大量の野菜購入代金をけちって今のところ朝夕2回になっている。主食は玄米。牛、豚肉は食べない。が時々ラーメン屋に強引に引っ張られて、スープを少し飲む羽目になったり、厳密さに欠ける。気休め程度のことにしかなっていない。にもかかわらず飲んでいます。
f0095745_16513022.jpg低速回転のしぼり式ジューサーと材料(小松菜、セロリ、人参3本、りんご半分、レモン半個)

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左のタンクにジュース、右にしぼりかす。人参の搾りかすはまだつかえそうなので、白菜、シイタケ、玉ねぎなどと炊き、カレー味などにして頂きます。

f0095745_1658157.jpgできあがり。約600cc。経は少なかった。時間のある朝は家族全員が飲みます。味はとてもおいしい。このジューサーだと熱が発生しないので、野菜に含まれる酵素が生きていて、それが身体にいいのだとか・・・

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by babamama_123 | 2010-03-15 17:03 | Comments(0)

丹後半島の春

蟹をたらふく食べた翌日、丹後半島を一回りして帰路につくことにした。
夜があけると、昨日の風も収まって、日本海の空はきれいに晴れ渡って、日差しも暖かかった。経が岬には、隼を撮る人が岸壁に望遠レンズをつけたカメラを並べて、「あっちに飛んだ、こっちにくる」と、柵の前をどたばたと走り回っている。海の色は濃いブルーで岩を打つ波の白さが際立って見える。こんなにきれいな日本海は初めてみるようだった。蟹といい、今日の海の景色といい、今後たべることも、観ることもないかもしれない・・・。元気で自分の目で見、動けることの幸せを感じた。

f0095745_12221293.jpg経が岬の灯台

f0095745_12234320.jpg隼を撮る人達

f0095745_1225597.jpg丹後半島の海

f0095745_12264497.jpgお昼は伊根の船宿で。カウンター席の下は海。焼き魚定食1000円を頂きました。
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by babamama_123 | 2010-03-15 12:31 | 歩く | Comments(2)

最後の晩餐ーその3

娘の勤務先で社員割引の旅行ができるという。候補地がいくつかあった中から、近場でおいしいものが食べられる場所というので、今年度最後の蟹を食べに間人に行ってきた。娘は半額だけど、婆さんの分をたして割り勘にした。爺さんはお留守番。すねる爺さんに、犬猫がいるからと、世話を頼ん出てきた。外国に住む末娘に母娘でやってきたと、旅館からメールをいれると、「ぱぱ、かわいそう。そんなことよくできる」と、まるで鬼婆と意地悪姉さんのようにいわれた。姉娘は大いに反省して、自分たちの食べたのと同じ蟹を1ぱいお土産に注文した。 
 ブランド蟹とあって、とてもおいしかった。お刺身、茹でカニ、焼きガニ、鍋、カニみそ入りのおじやでしめた。鍋までくるともう食べきれなくて、夜食と翌日の朝食に残しておいてもらったけれど、結局夜食はたべることができなかった。かにづくしで、なんだか背中から手が生えてきそうな感じがした。その姿を想像していたら、千手観音像の発想の大元は蟹ではないかと、思いついた。
このところアルコールを断っていたところに、日本酒をのんだせいか、食べ終わると同時に猛烈な下痢に襲われ、たちまちお腹は空っぽになってしまた。贅沢の罰があたったのか、爺さんの怨念にやられたのか・・・。翌朝は快調だった。

f0095745_11574389.jpg本日の蟹

f0095745_11591142.jpg生タコの酢の物、おさしみ

f0095745_1203914.jpg日本酒3種

f0095745_122091.jpg蟹のさしみ

f0095745_1233774.jpg茹で蟹

f0095745_1244079.jpg焼きガニ

 
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by babamama_123 | 2010-03-15 12:07 | Comments(0)

剱岳 点の記

昨日、爺様に強引に誘われて、映画「剱岳 点の記」を観てきました。映画館は府立文化芸術会館で河原町通りの府立医科大学附属病院の前にあります。朝から雨がふったりやんだり鬱陶しい日でした。婆さんの体調も鬱陶しく、あまり出歩きたくない気分でありましたが、爺さんは退院以来脚が弱って、なにかと頼るのです。仕方なくついていくことにしました。結果は観にきてよかったと思いました。
原作は新田次郎の同名の小説です。
あらすじ 陸軍陸地測量部の柴崎芳太郎は日本地図最後の空白地点を、「陸軍の威信にかけて剱岳の初登頂と測量を果たせ」という厳命をうける。前任の測量手・古田に紹介された案内人宇治長次郎と、調査のため剱岳周辺の山に入ったが、初めは剱岳への登山ルートの手掛かりさえつかめないまま下山する。当時、日本山岳会も剱岳初登頂を目指し、陸軍測量部と競い合うかたちになった。日本山岳会の近代的な装備とひきかえ、柴田と宇治の部隊は、麦わらでできたわらじにかさ、蓑といういでたちが対照的だった。柴田と宇治は周辺の山々に次々に三角点を設置していく。最後に剱岳に四等三角点を設置しようと挑むが、絶壁、雪崩、暴風雨と登頂は困難を極める。日本山岳会も登頂を断念することになった。
柴田と宇治はついに剱岳登頂を果たし、三角点を設置する。しかしその頂上で、宇治は思いがけないものをみつけてしまう。そのため柴崎は地図作りの任務を果たしたのだったが、登頂は軍に認められなかった・・・・。

 剱岳の自然と、登山に挑む人の姿がものすごい迫力だった。10年以上前に室堂でテントを張り、台風の通過に見舞われたことを思い出し、実感をもって観た。その時、剣御前(だったか)から、立山の雄山にのぼったのだったが、そこから観た剣の猛々しさに、私には到底登れないと怖気づいたのを思い出した。
映画を観て、人間の力と意志の強さに改めて感動した。

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by babamama_123 | 2010-03-05 11:26 | 見る | Comments(0)