棟方志功展

京都大丸百貨店で開かれている「棟方志功」展に行って来た。
壁面全体を覆う版画に圧倒された翌日は京都銅版画教室の申し込み日だった。もうやめようかなと、前日まで迷ったけど、死ぬまで続けるべき、と娘の一言で岡崎に向かった。
1年ぶりの教室、以前からの方々に会い、懐かしいパンも頂いて、ホットする。まだ何を描くかイメージがまるでわかないけれど、お邪魔にならないようにむりせず通うつもり。それにしても、娘の一言、あれは、ボケ防止に行け、ということなのではないかと思い当った。
とりあえず銅板を磨いて、引き上げた。
f0095745_1526229.jpg

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-27 15:26 | 日々の記録 | Comments(0)

星を継ぐもの

昔から夏になると、どういうわけかUFOが気になる。ドーナッツ型の物体が飛んでいやしないかと、こっそり窓から夜空をながめたり、UFO関連のTV番組を真剣に見たりして、家人に笑われる。世間にはUFOを見たり、宇宙人に会った体験の方々が結構いるらしいのに、婆さんは、婆さんになるこの年までまだ一度もみたことがない。
 「星を継ぐもの」は先月本屋さんでたまたまみつけた文庫本である。帯におもしろそうなことが書いてあったので買ってしまった。眠る前に1ページ、電車の中で2,3ページ。少しずつ読んでやっと今日読み終えた。一月もかかってしまったのは、暑かったのと、小難しい内容で長くよんでいると疲れてしまうからだ。でも投げ出さずに最後まで読み終えた自分は偉い、と思う。

 物語の基盤
  時は21世紀のいつか。20世紀の置き土産だったイデオロギーや民族主義に根ざす緊張は、科学技術の進歩によってもたらされた、世界的豊饒と出生率の低下によって霧消した。古来歴史を揺るがせていた対立と不信は、民族、国家、党は、信教等が混然と融和して巨大な、均一な地球社会が形成されるにつれて影をひそめた。政治家の理不尽な領土意識は自然消滅し、防衛費は防衛費は大幅に削減され、軍備放棄は全世界の合意にたっしていた。その結果だぶついた資金、資源は国連太陽系探査計画につぎこまれる。
 新世代の若者達は冒険欲のはけ口を国連宇宙軍勤務に求めた。新しいフロンティア開拓を目指して太陽系を縦横に飛びまわる興奮と期待の時代が幕を開けた。

 粗あらすじ
  原子物理学者ハントと実験高額部長のグレイは、月面で発見された人間の死体の調査にかりだされる。死体は深紅の宇宙服をまとい、人間と寸分違わない。しかし調査の結果、その死体はどの月面部隊の所属でもなければ、この世界の住人でもなかった。中さの結果、彼は5万年前に死亡していたことがわかった。
 一方、木製の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸と、その中に人間とは異型の宇宙人の骸骨が発見される。宇宙船は2500万年前のものだった。
 月面で発見されたルナリアン・チャーリーとガニメデ人、そして地球上に生きる我々人間とのかかわりを研究するうちに、わかったことは・・・・
 地球創世期には、地球は衛星をもたない孤独な惑星だった。火星の近くにミネルバという惑星があって、月を従えていた。ミネルバに科学技術の進歩した星だったが、戦争がたえなかった。その星は二酸化炭素の増大がもとで、火山活動が盛んになり、爆発して石ころになって宇宙に散ってしまう。その時月はが地球の引力にとらえられて衛星となった。
 人類は、ネアンデルタール人から進化したのではなく、ミネルバ人の末裔、宇宙人なのだという。

 科学空想物語とはいえ納得できるものがあり、示唆にとんでいるお話でした。
   
 「星を継ぐもの」 ジェイムズ・ホーガン著 創元SF文庫

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-23 17:47 | 読む | Comments(0)

食べるラー油

食べるラー油が人気らしい。そこで、婆さんもネットに載っているレシピに沿って作ってみました。意外に辛くなく、爺さんも娘も、おいしいと、瞬く間になくなってしまいました。そこで第2回目、少し手を変えて作りました。爺さんは直接食べていましたが、冷ややっこに乗せたり、ご飯に載せたり、酢を加えてサラダのドレッシングや、冷麺のたれなどにあいます。冷蔵庫に茄子とズッキーニ、鳥ももミンチが残っていたので、マーボウ茄子&ズッキーニを作ってみました。結構なお味でした。

 食べるラー油 
  材料 ① トウガラシ粉( 15g(1袋)  干しエビのみじん切り 大匙2位
        煎り白ごま  大匙2位   パプリカ粉  大匙1
        干し貝柱みじん切り1個分
      ② 青ネギ 10センチ 生姜 1かけ
      ③ 玉ねぎの薄切り半個分  ニンニク薄切り1かけ分
      ④ サラダ油 100ml  ごま油 50ml
      ⑤ コチュジャン大匙2位  中華花山椒大匙1位
        醤油小さじ2、好みで砂糖少々
  作り方 
      1. ①をボールに入れる。
      2. ③をこんがり色づくまで素揚げしておく。
         (レンジで水分をとばしておくか、干しておくとカリッとしあがる)
      3. ④に、②を入れて火にかける。香りがでたら、熱いのを①にかけ混ぜる。
      4. ⑤と揚げた③をボールに加えてよく混ぜる。
        
f0095745_10471268.jpg



      マーボウ茄子&ズッキーニの献立
       
f0095745_10493532.jpg


豆腐のなめこあんかけ
       
f0095745_10504725.jpg


      大根なます(人参のかすいり)
      
f0095745_1052241.jpg

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-20 10:52 | Comments(0)

秋刀魚

先日、秋刀魚のことを書いた面白い随筆を読んだ。秋元不死男(俳人1901~1977)の「秋刀魚」である。興味を持った箇所を抜粋してみた。
  
   しかし、さんまのうまさは何といっても塩焼きに限る。焼きたての熱いのを柚子と大根おろしで食べる。あの味はたまらない。腸わたのニガ味が舌の上で溶ける後味は、えもいわれない。

   サンマが庶民的な魚だといわれるのは、安いからという理由によるが、料理や食べ方が無風流なので一層、庶民的な魚になっているように思う。

   たらたらと脂が火に落ちて、ジュンジュン音を立てている勝手の風景は、これもサンマらしい。勢いよく焼けるサンマは、目には華やかだが、その潔ぎよい焼かれっぷりが却って感傷的だといえなくもない。イカが焼けて身を反らすのはユーモラスだが、サンマはいつも業火を浴びて目鼻もわかず黒焦げになる。その悲壮じみた焼かれ方が却っていささかの感傷を誘うともいえるようだ。

 去年は不漁で貫あたり140円だったが、五年前は豊漁で貫当り十円まで下落した。サンマが高いと聞くと、何かうら淋しい感じがするのは私だけだろうか。

 ・・・忘れがたいのは、佐藤春夫の「秋刀魚のうた」だ。あれを口ずさんでいると、わびしさというものの本体にハタと突きあたるような思いがしてくる

      あはれ
      秋風よ
      情心あらば伝えてよ、
      -男ありて
      今日の夕餉に ひとり
      さんまを食ひて
      思いにふける と

  この第1章から始まる「秋刀魚のうた」は、妻にそむかれた男(春夫)が、夫(谷崎潤一郎)に捨てられようとしている人妻(千代夫人)と恋をし、人目をさけて逢っていた。女は小さい娘をつれていた。そのころも今と同じように秋風が悲しく吹いていた。二人は不幸を分けあってわびしい夕餉をした。
 女の小さい娘は父でもないこの自分に、サンマの腹わたをくれといった。

     さんま、さんま
     さんま苦いか塩つぱいか。
     そが上に熱き涙をしたたらせて
     さんまを食うはいづこの里のならひぞや。
     あはれ
     げにそはとは問はまほしくをかし。

 秋風のくる家の一隅で、今はひとり侘しくサンマを食っている男が、過ぎし日の悲しい思いでにふけっている詩である。感傷といえば言葉が空転すると思うが、さしずめそういわざるを得ないうらぶれた片隅の感傷を、ふかぶかと湛えている。
 サンマの季節になって、この詩を口ずさむと、サンマの哀れに焦げたニガイ身体が目の前に浮かんでくる。。サンマは悲しみをもった人間に愛される魚だったのかと思ったりする。
  サンマは悲しい魚だ。秋風に乗って食卓にくる魚だから悲しいのかも知れない。ふと、そんなことを思うのだが、それも私が俳人だからかもしれない。


 この文章を読んで、秋刀魚が「悲しい魚」だ、と思う人がいたというのは新鮮な驚きでした。俳人でもなく、秋刀魚を焼く側の婆さんは、サンマを焼く時、焼いた後の始末を考えて、やっかいな魚と思うことはしばしばあったけれど、焼かれっぷりが潔い、とか、悲しい魚だ、とか頭をかすめたこともありませんでした。
 文章をよんで、昔、七輪の上で秋刀魚を焼いていた、白い割烹着の母の姿を思い浮かべたり、又、たまに秋刀魚を焼くと煙が家中に充満して目もあけられなかったことなど思いだしました。昭和の時代のことです。
 今、魚はガスコンロについたグリルで焼くし、煙は換気扇に吸い込まれる。七輪も煙に涙したことも、母の白い割烹着も懐かしい風景になりました。
 これをよく前日、1尾98円になった秋刀魚を3尾買って料理しました。1尾は塩焼き、2尾は山椒の実と炊きました。塩焼きは爺さんのリクエストです。腹わたを旨そうに食べ、身のかすもついていないきれいな骨をお皿に乗せて、まだ食べたそうにしている爺さんの姿は、侘しさの片鱗もなく、悲しみをもった男にも見えませんでした。
 秋刀魚の山椒煮、とてもおいしくできました。


[PR]
by babamama_123 | 2010-09-19 09:13 | 日々の記録 | Comments(2)

けさの秋

一昨日から急に涼しくなった。日が暮れると草むらに虫の声もして、やっと長い夏が終わったのかと思う。ほっとして朝刊をみると、天声人語に「けさの秋」という文字が目に着いた。
 
▼「けさのの秋」という季語がある。もう夏のものとは思われない気配に、ふと気づく朝をいう。例年ならお盆過ぎだろうが、今年は遅かった。東京だと、それは昨日だったようだ。身を潜めていた秋が急に姿を見せたような空気になった▼青春から朱夏を過ぎて秋は白秋。・・・・・

 遣唐使だった阿部中麻呂の望郷の歌に触れ、最後に
  ▼時は流れ、眺める月は昨夜が上弦だった。この半欠けが満ちていって、中秋の名月になる。待ちあぐねていた秋へ、ようやく季節が傾斜していく。

 昨日、日中の気温は30度を超えた。昼過ぎ、京都文化博物館で開催中の「古代メキシコ・オルメカ文明展」を見ようと大丸の裏を歩いた。日ざしがきつくて秋の気配どころか、まだ夏が居座っていると思えた。
 例年だと、8月も下旬になると、暑さの中にも一陣の涼風が流れて、一時寂しさを感じたものだったけど、今年はその感じがしない。しつこい暑さに辟易して、「けさの秋」に、もう本当に暑さがぶりかえすことはないのかと、おもってしまう。

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-17 11:33 | 日々の記録 | Comments(0)

マロン不調?

このところマロンはなんとなく元気がない。食欲はあるし、どこがどうということはないのだが、爺さんは、こいつ目がおかしい、医者に連れていけ、というし、娘は変だ変だ、病院にいかなければ駄目だ、とうるさくいう。そういわれて婆さんもなんとなく元気がないかなと思う。食欲はあるけれど、よく見ると耳の付け根のあたりにかさぶたができていた。
娘が連れていくというので、日曜の朝一緒にマック先生のところに行った。診察していただくと、噛み傷らしい跡が他にも2,3か所あって、一つは腫れているという。それが痛んで迫力がないのでしょうということだった。化膿しないように抗生物質の注射をしてもらい様子をみることになった。
「マロンちゃんは夏によわいようですね」、とマック先生がカルテを見て言われた。去年の9月始めにもおなじように診察に来られてます、という。そう言われて思い出した。その時も何が原因なのか、3日間食べないで、押し入れの奥にうずくまって出てこなかった。診察や検査の結果、結局何なのかわからなかった。爺さんが入院中で、婆さんはばたばたして、その時マロンの薬をもらったのかどうか覚えていない。多分注射してもらったのかもしれない。病院から帰った翌日にはいつものマロンに戻っていた。
その時の経過も覚えてくれていて、11月の予防注射の時には元気になりました、と言って来られるといいですね。と言われた。マック先生、優しくて素敵なのだ。だから、ちょっとしたことでも、娘はすぐマック先生のところに行きたがる。診察代を婆さんに払わせて・・・・
 9月13日、今日マロンは4歳になりました。

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-13 11:08 | 日々の記録 | Comments(0)

ウォーミングアップ

そろそろ涼しくなってきそうなので、スケッチに出かける準備をしようと思う。
しばらくぶりに水彩画を描いてみた。冷蔵庫にあったズッキーニ、米なす、トマトにレモン。それにテーブルにころがっていたものを組み合わせた。赤いのはトマト、緑の長いのはズッキーニ。後ろの大きいのは、わずかに白葡萄酒が残っている瓶。茶色のは岩塩の入った胡椒ひき。葡萄酒の瓶を入れてつでにワイングラスも加えた。中に入ってるのは水道水である。背景に悩んだ末やっとできた作品だけど、後々のために注釈を入れました。

f0095745_10402224.jpg

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-13 10:40 | かく | Comments(2)

妹が電話で、母のお財布には弟の小さい時の写真が1枚はいっている、という。弟があちらに逝ってもう10年以上にもなる。母の独り息子への想いは衰えることがない。この春母は胆石を患って2週間入院した。高齢で手術はできず石は残ったままだ。病気以来母はすっかり痩せて小さくなってしまった。
近くにいる妹が独り住まいの母の介護を引き受けてくれている。遠方の長女の私はなにもできない。せめてもと、弟の絵を描いて母に送ることにした。こんなに暑くなければもうできあがっているはずなのに、完成にはもう少し手がかかる。涼しくなるころには持っていくつもり。

f0095745_16492991.jpg


[PR]
by babamama_123 | 2010-09-11 16:49 | かく | Comments(0)

土日の朝はウオーキング

土曜と日曜の朝、朝の散歩を始めることにした。”まる”が逝って以来一月ぶりになる。土日は朝のお仕事がほとんどないので、いつものように5時前に起きて、まず婆さんひとりのウオーキングを済ませる。東の空が赤らみ始めるころ家を出て、陸上自衛隊桂駐屯地の前を通り、阪急洛西口駅の踏切を渡り、Uターンして住宅街の中を歩いて戻る。往復3キロ足らずで婆さんの速足で約30分かかる。家の前に着くと日が昇りすっかり明るくなる。玄関の前にまろんが座って婆さんを待っている。続いてマロンと散歩に出る。
”まる”と同じコースを猫の足に合わせてゆっくり歩く。一回り1キロ足らずなのに40分もあかる。猫と歩くには忍耐がいる。マロンがやたらに匂いをかぎまわって、なかなか進まないからだ。まるの足跡をかいでるように見える。

待って~
f0095745_1664452.jpg


中に何があるのかな?
f0095745_168170.jpg


それ以上顔を近づけないで!
f0095745_1691912.jpg


気持ちいい~
f0095745_16115830.jpg


前にいるのは・・・(水をかけられたおじさん)
f0095745_16153551.jpg


分かれ道(右の道にはおじさんの家、左の道には意地悪婆さんの家がる)
f0095745_16222821.jpg


おじさんがいるし、左にいこうか(尻尾が下がっている)
f0095745_16171257.jpg


しかし、折悪しくおばさんが戻ってきて、まろんを足音を立てて追い上げました。マロンは脱兎のごとくとびはねて帰りました。今度はもう少し早く行こうね。
[PR]
by babamama_123 | 2010-09-11 16:17 | 日々の記録 | Comments(0)

トイレット

映画「トイレット」をやっとみることができた。
封切りは8月末。新聞の宣伝をみて、翌週爺さんと四条烏丸にある京都シネマに行った。京都シネマはここん烏丸の3階にある。開演20分前の午後3時過ぎ、切符売り場の前は長蛇の列だった。ほとんどが女性である。列に並ぶと、達見席鹿ありません、とアナウンス。それを聞いた爺さんは、なんや、女ばっかりや、帰る、と列を離れた。酷暑の中やっと来たのにと残念とは思ったが、100分もの間立って見るのもつらいのであきらめて帰った。水曜日だった。レディースデイである。女性が多い道理である。翌週、あきらめきれない婆さんは独りでやってきた。火曜日でここん烏丸への人ので出入りが少ない。1階の店舗は改装中らしくビニールシートを敷いて作業していた。今日はゆっくり見れそうだと、3階に上がると、定期検査のため管内の商店は全部御休み、と張り紙してあって、映画館もしまっていた。またしても無駄足。来る時にネットで時間を調べたが、休みとは書いてなかった。
 そんな思いをしながら見た映画、とってもよかった。それぞれの性格を出した配役がとてもすばらしい。センせーという名の猫までちゃんと演技してるように見えた。とりわけ”もたいまさこ”のばあちゃんが独特でよかった。3人の孫が、英語的発音で、”ばーちゃん”とよびかける、その響きに感動する。このばあちゃん、日本人で英語がしゃべれない。3人の孫がしゃべる英語を理解しているのか、いないのか。終始だんまりしているのが、たった1度、パニック障害の孫がピアノコンクールに出演したとき、パニックを起こしかけ時、「モーリー、クール!」と立ち上り、親指を立てて叫ぶ。印象的なシーンだった。
荻上直子監督のこの映画、もう一度見たい映画の一つだった。

[PR]
by babamama_123 | 2010-09-10 23:14 | 見る | Comments(0)