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台風の日

昨日は大型台風6号がゆっくり北上していた。京都も朝から雨が降ったりやんだり、風も強くなってた。連休明けのその日は爺さんの定期検診日である。朝の片づけが終わってほっと一息ついている婆さんに、爺さんは病院に付き添ってきてほしいと言った。先月も先先月も一人でいっていたのに、よほどしんどいのかと、婆さんはつい仏心をだしてつていくことにした。婆さんだってこのところの暑さでかなりまいっているのに。
 検査はいつもより長引いた。レントゲンに心電図がくわわったからだ。病院を出たのは、2時過ぎ。お腹がすいたので、国道沿いにできた、京都生協のイタリアンのお店、コッポリで昼ごはんをたべることにした。値段はまあまあ、お味もまあまあ。結構量があって、満腹になった。ついでに買い物をして帰った。もう4時過ぎだった。それから爺さんは放送大学に行くといいだした。家にノートをとりに帰って、バス停のある桂駅まで車でおくることになった。雨は時々激しくフロントガラスをうちつける。なんだかいやな感じ。今日は朝からずーっと爺さんにふりまわされっぱなしなのだった。爺さんは、バスがくるまで少しまたなければならないから、車の中で待つと言った。車の中はクーラーがきいてるから外より気持ちいいからだという。エンジンを半分きってるから、クーラーはすぐきかなくなった。まだ時間があったけれど、婆さんは爺さんをおろし、運転席に移動した。それからエンジンをかけなおした。ところが、エンジンがかからないのだ。2回ほど試した後、婆さんはハッと気がついた。キーがないっ!!。爺さんがポケットにいれたままでてしまったのだ。10メートル先のバス停にいるはずの爺さんを駆け足でおいかけた。爺さんはいなかった。タッチの差でバスは出てしまったのだった。
それからの婆さんはパニックになった。キーが側になければ車は動かないのだ。スペアーキーは家においてある。確か2,3年前も、前の車のキーを失くして(爺さんが)たいへんな目にあったのだった。あの時は車が家にあったから、のらなければいいというので済んだ。今車は駅の前にある。スペアーキーを取りにいけばその間に駐車違反金をとられてしまう。パニックになったあたまで、爺さんの携帯にかけた。何度ならしても出てこない。留守電になっているのだ。おおきなこえで、「すぐもどってこい!!」とどなりちらした。返信はない。こまったあげく、保険会社に電話した。保険やのお姉さんは、そういう場合の対応はしていません。レッカー車を手配できますが、そちら持ちです、という。かなりの出費である。困ってしまって、今度は警察の交通課に泣きついた。ここでも答えは同じ。そんなお金があるなら頼まない。スペアキーを家に取りに帰る30分の間をなんとかしてもらえないかと、と泣きついたら、やっと、今から警察官を向かわせると返事をもらった。
その後、もう一度爺さんに電話すると、つながったのだった。もう婆さんは怒り狂ってしにそうだった。爺さんのせいでなんどおいつめられたか。過去のあれこれがいちどにわーっと思い出されて、わけがわからなくなった。怒髪天を衝く。婆さんはすごい形相で、髪の毛がさかだってたにちがいない。警察に連絡が取れたことを報告し、それからひたすら1時間あまり車の中で鍵の到着を待った。
最近の車はべんりなようで、結構ややこしいものだ。車だけじゃない。水道の栓にしたって、こわれたら、電子機器の基盤からとりかえなきゃならないし、素人の手におえるものじゃない。最悪なのは原発だ。こわれたらもう手におえないのだ。

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by babamama_123 | 2011-07-20 12:04 | 日々の記録 | Comments(0)

まなざし

春先から描き始めた寅雄の肖像画がやっと完成。
8号、油彩
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by babamama_123 | 2011-07-09 17:51 | かく | Comments(0)

節電、ではないけれど

昨日、2011年7月8日近畿地方の梅雨が明けた。もうとっくにあついけれど、暑い夏の幕開けである。おかげでせんたくものがきれいに乾いてとてもうれしい。というのは、くるぞ、くるぞ、としんぱいしながら、だましだましつかっていた、家の全自動洗濯機がついにお陀仏になってしまったからだ。一週間前くらいから、電源を入れると、洗濯機は「キィー!」とただならない叫び声をあげて回りはじめていた。あれは断末魔の叫びだったのかも。それでも洗濯を終えてゆるいけれど脱水もできていた。おとといも、「きゃーっ!」といいながら洗濯を始めたのだったけれど、終ってとりだしてみると、なかはびしょびしょ。まったく脱水されていなかった。しかたないので手でしぼることにした。こちらも年老いて、絞るのにも力がたりない。水分をたっぷり含んで重くなった洗濯ものを2階に運びあげて干すはめになった。それでもおてんとうさまのおかげできれいにかわいてくれた。
 汗をながしながら洗濯ものを絞りつつ、わたしは自分の若かったころの母をおもいだしていた。10代の終わりころ、我が家にも電気洗濯機が入った。絞り気はゴム製のローラーで、ローラーの間に衣類をはさんで、手でローラーをまわして絞るのでえある。母はとても便利だと喜んでいた。又私がもっと小さかったころ、母は台所の奥のコンクリーとのたたきに、大きな木のたらいをだし、井戸で水をくみいれ、洗濯板を渡し、たらいの前に腰をおろしてゴシゴシやっていた。洗濯機がくるまでずーっとその格好で家族7人分の洗濯をこなしていたのを覚えている。たいへんだっただろうな。腰がいたくなっただろうなー。当時を思えば天と地くらいちがうほど便利なよのなかになった。それもみんな電気の力のおかげでなのだ。
その電気、ここにきてたりなくなってきた。原発に問題があるからだ。私は、ずーっと前から原子力発電は、人類が扱うには問題が多すぎて危険だとおもっていた。反原発派なのだ。どんなに問題が解決されても、放射能は解決できないからだ。原発を動かす限り放射性廃棄物・死の灰はどんどんたまっていく。放射能の半減期は万年におよぶものもあるという。もしなにかの事故でそれがもれたら、土壌も海も汚染されてしまう。たべるものがなくなる。身体がおかしくなる。それに、発電の原料となるウラニウムだって天然資源で、たっぷりあるわけではない。このままいけば、石油のようにやっぱり枯渇するのではないかしら・・・・、などと考えるからだ。といって、今すべての原子力発電所をとめてしまえば、電気がたりなくなるのもあきらかなことだ。節電してもおいつかないだろう。でも、若かったころにもどって、洗濯ものは手でしぼり、夏は団扇で涼み、氷も、冷たいビールも我慢して、・・・できるかな~。そうやっておおきくなってきたのだけれど、一度甘い汁をすってしまったこの身、いつまで我慢できるか。明日全自動洗濯機を買いに行く。

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by babamama_123 | 2011-07-09 17:41 | 日々の記録 | Comments(0)