老いるということ

この頃、ふとした時に昔のことを思い出すことが多くなった。小学校ののころ住んでいた二坪ほどの庭の隅に植わっていた青桐や、家の裏に広がる麦畑。忘れ物を休み時間にとりに帰れる近さににある小学校。多分それはすべてとっくの昔に影も形もなくなってしまっているだろうのに、記憶だけはしっかりと残っている。いつだったか、父が後ろをふりむくようになったらおしまいだよ、と言った。自分で自覚している以上に老いたのだと、少しばかりさびしく感じていたとき、朝日新聞のひととき欄の93歳の婦人の投稿を読んだ。今なお六甲山に登り、四季折々の山の花に会う楽しみと、冬はスキーにも行く、ということが書かれていた。その後新聞社の若い記者が彼女を訪ねた話も乗っていた。炊事洗濯、掃除に買い物をすべて一人でこなす上に、人手にたよらずに88歳の夫の介護もしているとあった。
 私はこのところ台所にたつのがひどく億劫になり、できるならできあいですませたい、とばかり考えている。部屋の掃除は、掃除機がおもいのを理由に1週間に一度すればいいところ。洗濯は冬場なので毎日はしてないけれど、とりいれた洗濯ものはたたまず山のようにつみあげたまま。まだ90代までに20年はあるのに、情けないこと限りない。
 これではいけないと、先々週の金曜、思い切って椿の花を描こうと植物園に行った。手提げ袋にスケッチブック2冊、色鉛筆の束、デジカメ、と電車やバスの待ち時間に読む文庫本1冊。それは「方舟の航海日誌」で、図書館でかりたものだ。
 その日は雪がぱらつく寒い日だった。それでも植物園にはカメラをもった人や、若いカップルがあるいていた。椿の林は北山の入場口近くに植えられている。インターネットで咲いているのを確かめてきたのだけど、さいていたのはたった一本で3,4こだけだった。それでもせっかくきたのだからとスケッチした。
 問題はかえってから3日後発生した。方舟の続きを読もうと鞄をみたら、ないのだ。鞄の中を何度もひっかきまわしたけれど、ゴミばかり出てくる。図書館の本を失くして、パニックになった。すぐに植物園に電話をかけたがと届いていないという。ついでに立ち寄ったお店にも電話をした。
枯れてきた本だから充分注意してだしいれした。失くすはずはないとおもいなをし、家中をさがしたけれどみつからなかった。ついでに掃除もした。仕方なく返却日まで少し日があるけれど、図書館に電話をした。紛失した場合はどうすればいいのか聞いた。その場合は現物弁償になると言われた。昨日本屋にいったけれどなかった。それで、amazonの中古本を検索したところ、本1円、送料200円があったので申し込んだ。一週間抱えていたきがかりがすーっと消えた。
 今朝久しぶりに洗濯をした。爺さんの部屋にあるベランダに干して、部屋を出る時、なんとなく隣の部屋のテーブルを見た。
その上にみたことのある表紙の本がのっている。よくみれば、なんと注文したばかりの、方舟の航海日誌だった。!!
 ここに置いた、という記憶がすっかり欠落しているのだ。見つかった喜びより、老いを感じたショックで当分立ち直れそうにない。
植物wんで描いた絵。
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by babamama_123 | 2012-02-12 16:10 | 日々の記録 | Comments(0)