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やっと咲いた

家の白モクレンがやっと開き始めた。いつもの年より10日以上遅い。私の記憶に間違いがなければ、もうとっくに散って、今頃は毎朝隣の駐車場の掃除をしていた。
今年は春が遅いのだなぁ。駅に向かう街路樹のモクレンもまだ蕾がかたかったし、沈丁花が香り出したのも3月に入ってしばらくしてからだった。久しぶりにマロンと散歩して気がついたけれど、赤いボケの花も、いつもの場所に見当たらなかった。。お彼岸も過ぎたのにいつになったら暖かくなるのだろう。朝起きて、背中にホッカイロを貼りながら、窓の外を見た。白い路地が目にとびこんできた。今年もたくさん花をつけて、ひらきはじめようとしている。ほっとした。そして随分昔に見た白い花の光景をふいに思い出して感無量になった。
 半世紀以上前の早春である。そのころ私は千葉県の船橋市に住んでいた。住居は総武線津田沼駅から北に10分ほど歩いたところにあった。父が勤務していた会社の社宅で、木造平屋の家屋が10棟ほど並んでいた。 敷地の西側は門がまえの大きな日本家屋がならんでいて、西側は麦(だったような)畑 が広がり、その向こうは雑木林があり、樹間に新しい公団住宅のベージュ色の壁が見えていた。
社宅に住んで4年目の春、私は大学受験に見事失敗した。父の反対を押し切っての学部だったので、けっして天狗になっていたわけではないけれど、鼻をへし折られたように痛かった。5人姉妹の長女でもあったし、家の中でどんな顔をしていいのか、立場がないような気になった。志望校1校だけの一発勝負で、負けた場合のことは想定外だった。進退を考えると眠れなくなり、気持ちの晴れない日が続いた。そんなある日、朝早く家を出て、社宅の横の畦道を歩いた。
 三月半ば頃、陽がさすと、畑からもやが立ち始め、畑や雑木林が薄いヴェールをかぶったようになった。そのヴェールの中に白い花をたくさんつけた木が見えた。陽が高くなるにつれてヴェールがはがされて、あたりの風景がはっきりしてくる。白い花はモクレンではなくこぶしの花だった。その白さと、脚元の雑草の緑がとても新鮮で、自分のなかの濃い靄まで晴れていくような気がした。
 去年の秋、近くの小学校の校庭の外側にあったにせアカシヤの並木が全部引っこ抜かれて、かわりに苗木が植えられた。何の木かと、植樹していたおじさんに聞くと、こぶし、だと言った。そこを通る度にみるけれど、幼木でまだ葉も芽ついてない。来年花がつくのだろうか。

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by babamama_123 | 2012-03-29 16:06 | 日々の記録 | Comments(3)

怪我

昨日の夕方、外に出たマロンが戻ってこないので、玄関先から呼ぶと、「ニャー」というよわよわしい声が聞こえてきた。近場にいるらしいけど姿が見えない。もう一度呼ぶと、また「にゃー」とへんじがある。声は上から聞こえてきた。気がついて、上を見ると、マロンは玄関の屋根にいて婆さんを見ていた。二階に上がって玄関の屋根の少し上にあるベランダのとをあけると、のっそりはいってきた。いつもにくらべて大人しいな、とマロンを見ると、足跡に血がついている。かなりの出血だった。いそいでマキロンを縫って応急手当はしたけれど、とても心配だった。日曜で動物病院は休診である。明日すぐに病院につれていくことにした。
 今朝、キャリーバッグをだすと、マロンはいそいそと入った。このバッグは病院に行く時しかつかわないのに、マロンはそれを知ってるのか知らないのか、いつもいそいそと自ら進んで入る。
 診察を終えて先生にそういうと、マック先生は、「普通はいやがるものだけど、マロンちゃんは案外病院がすきなのかもしれませんね」と言って、頭をなでてくれた。
 怪我は爪が一つなくなっていたというもの。あわてて高い所に登るときにひっかけてよくあることなのだそうだ。なまじ残っているよりなくなったほうがいいのだとか。
化膿どめの注射と、口内炎の注射を打って、思いがけない出費になった。月末なのに婆さんのほうが痛い思いをした。

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by babamama_123 | 2012-03-19 15:33 | うちの仔たち | Comments(0)

からくりからくさ

先月図書館で借りた梨木果歩の「沼地をぬけて」を読んだ。お婆さんの遺産であるぬか床にまつわるお話で、ありえないとおもうものの発想がおもしろかった。それで他のも読みたくなった。選んだのは「からくりからくさ」。「りか」さんという名前の人形(多分、市松人形)をめぐる4人の女子学生のおはなし。染色や織物を通して、人形の来歴と4人の血筋がみえてくる。それぞれの糸をたぐっていったら、結び目にたどりつく。
「西の魔女が死んだ」もそうだけれど、「沼地を抜けて・・」も「からくりからくさ」も、祖母の存在が主人公達に強く影響している。果歩さん婆子育ちだったんだろうか。私もそうだけれど、「婆子育ち山門下がる」の通り、えらいちがいだなと思った。

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by babamama_123 | 2012-03-19 14:58 | 読む | Comments(0)

チューリップ

チューリップ練習
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by babamama_123 | 2012-03-13 17:39 | かく | Comments(2)

ランチは算数のお時間

昨日、雨の中、大阪まで買い物に出かけた。その帰り、娘と落ち合ってランチをすることになった。もう1時半だし、冷たい雨も降っているしで、勤務先のあるビルの数件となりにある焼き鳥屋さんに入った。娘は仕事が終わるとよくたまるんだ、おいしいよと言った。
 婆さんは鳥ではなく豚の角煮定食、娘はもも肉の焼き鳥定食を頼んだ。真っ黒いもも肉、つまんだけれど、なるほどとてもおいし。たべている真っ最中に娘は鞄からスマホをとりだしてしゃべりはじめた。仕事の話なんだろうか、よほどいそがしいんだなと、聞くともなしにきいていると、どうもそうではないらしい。「そんなの簡単よ。ビー玉のもとの数をXにして解けばいいだけじゃない。もとの数は30個」
その話でぴんときた。かけてきたのはLAにいる妹だった。あちらはもう夜10時過ぎ。子供の宿題を手伝って助けを求めてきたのだ。
 問題は、「もともと何個かビー玉があって、それに120個ビー玉を追加したらもとの数の5倍になった。ビー玉のもとの数は幾つか」である。
 そりゃX、Yを使って一次方程式をたてれば簡単だ。でも小学校4年生では一次方程式をまだならっていないだろう。それに聞いてきた母親さえ、未知数の移項の決まりをすっかりわすれて、しっかりわかったような気配がなかった。婆さんは、話をききながら、こんなことで可愛い孫娘が、その母親のように算数嫌いになって、さらにべんきょうきらいになり、おちこぼれの悲哀をあじわうようになっては、困るとおもった。孫にもわかる解き方はないかと少し考えた結果すぐにぴんときた。でもそのときはもう電話はきれていて、昼休みもおわりかけていた。婆さんはこの考えが消えてしまわないようにレシートの裏にメモをして、さっきLAの娘に電話で教えた。
 「うんそれななら、わたしにもよくわかる。ままって天才」、だって!!
 婆さんがおしえたのは、
 数のわからないビー玉の袋を5個、左の天秤皿(シーソーの上でもいい)にのせる。右の方に同じ袋を1個と120個のビー玉をのせる。天秤(シーソー)はつりあっているよ。それから右の袋をとったら、左が重くなるから、傾くよね。左からも1袋とったらまたつりあうでしょ。今左に4袋、右に120個のビー玉がある。一袋に入ってるビー玉の数、もうわかるよね。
  これなら、ビー玉が何にかわっても応用がきくだろう。
忘れないうちに、ブログに描いておこう。
 ランチのお支払は娘がしてくれた。お土産にから揚げまでもたせてくれた。電車にすわると、からあげが膝をあたためて、眠くなってしまった。

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by babamama_123 | 2012-03-10 10:52 | 日々の記録 | Comments(2)

デパート歩き

お天気もまあまあいいし、あたたかなので、久々に外出した。まず、烏丸の大丸デパート。6階の大丸ミュージアムで、「宮沢賢治・詩と絵の宇宙」を見る。それから三条寺町の画廊ひるげーとへ。ジュンク堂をのぞいて、河原町高島屋の7回で開催中の安野光雅展を見て、買い物をして、7時前に帰宅。この日またしても一万歩超て、とっても疲れた。
 大丸の宮沢賢治展は初日で、二時近くに開場に入ると、入口付近にひとだかりがしていた。まもなく賢治の清六のお孫さんが来られてギャラリートークが始まるとアナウンスがあった。その話を聞きながら開場を見てまわった。
賢治自筆の、雨にもまけず・・と書かれた手帳や、水彩画が展示されている。が展示のほとんどは童話絵本の原画である。随分たくさんの画家に描かれているのをしった。
 賢治の童話に初めて出会ったのは確か小学4,5年生のころだった。わら半紙のような紙に印刷された本に、風の又三郎やオっぺルと小僧(だったか)などの童話がはいっていたのを覚えている。父か母が誕生祝いにかってくれたのだった。ドードッドッ、あ~まいりんごを吹っ飛ばせ(だったかな)のところだけはおぼえているけれど、後はおぼろになってしまった。
 子供達から手が離れたころ、宮沢賢治になぜだかひかれて全集を集めて読みだした。
たいして(もうしわけないけれど)美男といえない賢治に惹かれるのはなぜだろう。自分に東北地方の血が少しだけ流れているせいなのかもしれない。父も母も北海道に生まれ育っている。母の方は北陸の流れで、父の方は東北らしい。父は生まれ落ちると同時に養父母の家にもらわれた。その養母の血縁は秋田や岩手に住んでいた。が実父母の出自はわからない。だから本当のところ私には東北の血がながれているのかどうかたしかではない。養母の血縁を頼って、昭和20年3月私達は花巻温泉に近い山の中にある農家に疎開したのだった。ほぼ一年いただけなのに、自分の故郷のように思える。
 座敷わらしの絵をみながら、疎開先の生活を思い出してなつかしさがこみあげた。
 東北大震災からもうすぐ1年になる。東北地方は宮沢賢治の生まれる二月前にM8.2、亡くなる半年目にはM8.1の大地震と津波に襲われたということだった。なにか胸に迫るものがある。
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by babamama_123 | 2012-03-08 13:07 | 見る | Comments(0)

春一番のふく頃

昨日は家にいても汗ばむほど暖かかった。午後のニュースで例年より早く春一番が吹いたと聞いた。今朝洗濯物を干しにベランダに出ると、かすかに花の匂いがした。沈丁花がさきはじめたのだろう。横のモクレンもつぼみが大分ふっくらしてきた。もう春なんだな。3月だものね、と自分にいいきかせてみたもののなんだかすっきりしない。
 春先はいつもこうなのだ。うつ状態で、なにもやる気がおこらなくなる。絵を描いてみてもうまくかけないし、ほんを読んでも、気持ちが動かない。何をしてもつまらなくなって、途中でやめてしまう。外は、つぼみが膨らみ、土には新芽が出て、復活の時期を迎えるこの時期、私は逆に委縮してしまう。なぜだろう。年々ひどくなるようなきもする。こんな時はじたばたしないことに限る。 
 とはいえ、少しでもとと頑張って一枚書いてみた。遠くに見えるのは、昔登った比良の山並み。今年は雪が多いだろうな。
菜の花と桃の花はこのところ教室で描いているけれど、なかなかむずかしい。特に菜の花の葉っぱがむずかしい。それで一輪をかくのをあきらめた。
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by babamama_123 | 2012-03-07 11:59 | 日々の記録 | Comments(2)