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初夏の嵐山

梅雨の晴れ間に嵐山渡月橋から儀王子まで歩いた。緑にむせかえりそうな半日だった。
渡月橋からの嵐山
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嵯峨野の竹の道
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道端のあじさい
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観光客を乗せて
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落柿舎
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祇王寺表門
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by babamama_123 | 2012-06-29 14:33 | 歩く | Comments(2)

じゃがいもの収穫

土曜の朝、絵画教室でご一緒するNAOさんの畑に招待されました。
マイ ファームと書かれた立て看板のある貸し農園は、桂川の松尾橋から5分ほど歩いた住宅地の中にあります。背の高い野菜類には寒冷紗がかけられ、畑全体手入れがゆきとどいていました。管理人さんがいて、毎日これない人達のために、畑の様子をメールで知らせてくれるそうです。ジャガイモが収穫できそうだという知らせを受けて、教室の始ま時間の前に松尾駅で待ち合わせてきたのでした。NAOサンの畝には他にきゅうりや茄子、ミニトマトにシソの葉、万願寺唐がうわっていて、茄子やキュウリ、ミニトマトは収穫をまっていました。といっても枝にたわわに実っている、というわけでなく、茄子は3本、きゅうりは3本、トマトは下の枝に3粒ほど。それをはさみで収穫のお手伝いをして、採ったものは全部頂いてしまいました。ジャガイモは2,3キロあったでしょうか。さすがに遠慮して、頂くのh1キロほどにしました。
 収穫の後、少し歩いたところにある桂川河川敷の公園でモーニングにしました。前夜、ここ10年近く眠っていたキャンプ用のミニアルミ鍋とバーナーをひっぱりだしました。バーナーはガスボンベが空っぽになっていたので、アルコールの固形燃料にきりかえました。ごとくのかわりに急きょ猫缶に穴をあけ、紙コップに、ドリップコーヒーまでは容易したのですが・・。猫缶は背が低く鍋を乗せたら火が消えてしまいました。外鍋に燃料を入れ、アルミホイルを棒状にして上に渡してなんとかお湯をわかすことができました。ミニトマトをかじり、沸かしたてのコーヒーでクロワッサンをつまみ・・・。桂川を目の前に、かえでやさくらの大木にかこまれ、ひんやりした空気の公園は森の中にいるようで、至福のひとときでした。昔比良山に登った時のことを思い出して、又湧水を沸かしてコーヒーやそうめんをたべたりできたらな~と思ったことでした。
ミニトマト
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きゅうり
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なす
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ピーナッツ
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万願寺唐
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じゃがいも
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懐かしのアルミ鍋
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その夜、早速ジャガイモを頂きました。泥を落として洗うと、ジャガイモの皮はびっくりするほど白いのです。驚きの発見でした。茹でて、アツアツの皮つきジャガイモにチーズを乗せただけですが、なんと美味しかったことか。ゆっくり味わっているのに3倍のスピードで減らす人物がいるので、あわててストップをかけなければなりませんでした。かろうじて大き目のが1つのこりました。土曜というのに仕事に出てまだかえりそうにない娘にもたべさせてあげたい、という母心です。父心は飲む食うだけ。娘のとっておきのわいんまで勝手にあけてのみほしているではありませんか。おいしいチーズをあわててかくしました。

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by babamama_123 | 2012-06-24 14:25 | 日々の記録 | Comments(1)

紫陽花を描きたくて

先週の水曜日、紫陽花を描きたくなって府立植物園に行くことにした。スケッチブックなど整え後は財布を入れるだけになった。丁度爺さんも出かけるところで、家の近くにあるバスで駅まで行くと言う。陽射しがきつい時間だったので、私も一緒に乗っていくことにした。お財布を出そうと毎日ぶらさげている買い物袋を見ると、ない!!買い物袋のチャックは空いている。あれっ、どこにおいたかな、と自分がおきそうな場所をあわてて探したけれどみつからない。爺様は、何やってんだ、と先に出かけてしまった。
財布には現金はたいしてはいってないけれど、免許証やら、敬老パス、カードがはいっている。パニックをおこしてしまった。最後に財布をもったのは、昨夕スーパーで買い物した時だった。レジ袋に詰める台におきわすれたのだと、電話で聞いてみた。忘れ物の届けはありません、と言われた。誰か拾って警察にとどけてくれたのかもしれない。と近くの交番に電話で問い合わせた。今のところ届はない、とりあえず紛失届を出して下さい、といわれた。おまわりさんと電話しているとき、ポケットの携帯電話がなった。すぐに切れてしまったが、かけてきたのは爺さんだった。かけなおすと、俺の袋にお前の財布がはいっている、バスがくるから、すぐとりにこい、という。もうびっくりしてバス停までの400メートルを必死で走った。こんなに全速力で走ったのは何年振りだろう。動悸がして心臓がおかしくなりそうだった。バス停にたどりついた時、バスが停留所にとまるところだった。リレーのバトンタッチのように財布を受け取った。
 家に戻って何故あそこにはいったのか、一連の自分の行動をふりかえったけれど、どうしても思い出せない。買い物袋のチャックをあけたのは確かに自分なのだが、それもおもいだせない。数分間の記憶がみごとに消えていた。そういえば、図書館の本を置き忘れたとおもったのも、植物園がらみだった。なんだかこわくなってその日の外出は取りやめにした。
翌日少し早い目に植物園に行った。よく晴れて暑い日だった。アジサイ園は色々な種類の紫陽花がたくさんさいていた。青い紫陽花をかきたかった、目の前で、私と同じくらいの年輩の女性が小さな椅子にすわって青い紫陽花をスケッチしていた。水彩で淡い色を乗せている。見とれていると、しょくぶつ観察会らしい団体が横にきた。同じものを描いてはまずいと、咄嗟に判断して、よこの赤い西洋あじさいを描くことにした。30分くらいすると、脚がしびれてきたので、立ってかくことにしたのだが、それも疲れてきたのでおおまかに色をつけて、途中でやめてしまった。隣のご婦人は大輪の青い紫陽花を3つ描いていた。写真機をもったご主人が戻ってこられて、彼女も片づけ始めた。
次は私も青い紫陽花を描こう。
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by babamama_123 | 2012-06-19 14:27 | かく | Comments(2)

花くじら

4月1日から始まった春季銅版画教室が終わった。最後の1枚をなんとか仕上げたいと、この一週間絵をかんがえていたけど思いつかなかった。当日の朝、それも4時にふと思いついた。それから家で大急ぎで下ごしらえをして、教室では腐食から始めて、どうにかセーフ。
 12×8センチ
 シュガーアクアチント
  (濃い(濃度は適当にした)砂糖溶液に墨汁を加えた液でクジラを描く。乾きかけたら、上から版全体にグランドを敷く。グランドが渇きかけたら、版を42℃くらいのお湯につける。すると、砂糖が溶けて、グランドが浮いてくる。 のでこれをリフトグランドという。 ここまでを家でして、教室に向かった。
教室では、松やにを塗布して、腐食止め液で、花模様を描いて、腐食液に20分つけた。勘違いして、40分つけるつもりでいたのを、アクアチンとは秒単位よ、と言われてあわててひきあげた。
クジラのつもりでかいたけれど、形がずんぐりしすぎてしまった。子供のくじらでもないし・・・
次回は9月末から。下絵を頑張ってかんがえよう・・・)

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by babamama_123 | 2012-06-18 10:49 | かく | Comments(0)

尾道続き

尾道の猫(108匹のうちの1っぴき)
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随所におかれた福石猫
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休憩 喫茶店フクロウの館入口(店内は撮影禁止 梟グッズでぎっしり)
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by babamama_123 | 2012-06-12 12:13 | 歩く | Comments(2)

尾道散策

広島市内見物の翌日、娘と昼前に合流した。ランチに瀬戸内海のお魚を食べようと、とりあえず東に向かって走った。娘は、ねたがにぎりからはみでるほどかぶったお寿司のお店をTVで見た、そこへ行きたい、と言う。けれど、店の名前も場所も覚えていない。スマホをいじくりまわしてもさがしようがない。結局尾道、魚料理で検索して、見た目よさそうなお店にいくことになった。そのお店は商店街のはずれにあった。娘は特上にぎり、私はお刺身定食を食べた。それから、名前が珍しいので、よそのこ、を食べてみた。魚の名前は忘れてしまったけれど、たらこより細い魚卵の煮つけでおいしかった。
 車を駐車場に預け、尾道散策をすることになった。登りはケーブルに乗った。乗り場まで長い商店街の始めから終わりまで歩くことになった。歩きながら、この道は確か歩いたことがあると思い出した。30年前母を広島に読んで、子供達が学校に行っている間に二人で尾道観光にきたのだった。けれどケーブルカーにのったかどうかどうしても思い出せない、が、林文子の歌碑や滋賀直哉の旧居を見たのはしっかり覚えている。母、60代後半、私、40代始めの4月終り頃だった。
 今回は、観光マップを片手に猫を探して坂を下った。昼食をして3時間半。5時前なのに、どうしても食べていく、という娘につきあって尾道ラーメンを食べた。
 今回は他に用事があって、爺さんは、猫とお留守番することになった。本当はよほどいっしょについてきたかったのだろう、用事を切り上げて、電車でおいかける、とまでいった・・・。可愛そうなので、尾道ラーメンのパックと、爺さんの大好きな桂馬のかまぼこをおみやげにした。それをメールすると、今どこや、と何度もメールがくる。9時前に無事帰宅。即かまぼこをめしあがった。
よそのこ
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桂馬本店
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商店街はがらがら
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ロープウエーからの眺め
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文学のこみち
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by babamama_123 | 2012-06-12 00:19 | 歩く | Comments(2)

広島ー3

まずは原爆ドームに向かう。昔市電の窓から毎日ドームを見ながら通勤した。ドームは元安川を渡ってすぐのところで、ここから広島市の中心部に入る。平和公園はドームの対岸にだけど、結構な距離なのでいかなかった。鉄骨が白っぽくなって、白骨をおもわせる。ドームの近くには、九条を守る会の人や、原発利用を国民投票で決める法律を作ろうという人が署名運動をしていた。二度の原爆投下、久保山さんのこと、そして原爆マグロ、放射能の被害を何度も味わった私達日本人。源発も原発も同じ核の連鎖反応によるもので、残留放射能の問題は今までも、これからも解決されない、ということを充分しっているのに、一体何が原発促進にかりたてるのだろう。なんだか半世紀以上前に理由なく焼かれてなくなった人達の魂が浮かばれないだろうなと、思った。

京都の市電も、ドイツの市電も、いろんな種類の市電が走ってます。
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平和大通り
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原爆ドーム
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お好み村とお好み焼き
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by babamama_123 | 2012-06-11 17:08 | 歩く | Comments(0)

広島ー2

娘がネットで予約してくれた宿泊先は、ホテル法華クラブだった。鯉城通りの東側、平和大通りから少し北に入ったところにある。ここしか空いてなかった、と娘はいうけれど、始めて広島に来たその日宿泊したホテルだったのを思い出して、因縁を感じた。
30年近い前の3月下旬、高松から夫の転任先である広島に移転したのだった。4月から長女は小学校5年、次女4年、末娘は2年生になる。私は今の長女より1,2歳上だった。転勤先が広島と知った時、すぐにおもったのは、原子爆弾のことだった。投下されてから40年以上たってはいたけれど、放射能が心配だった。けれど、目にした市内の様子は広い道路に立派な街路樹が並び、新しい高層ビルが立ち並ぶきれいな町なのに驚いたのを覚えている。家は西広島で爆心地から10キロくらいのところだった。そこは戦前からの古い家で、借家が3軒ならんだ真ん中の家だった。南側の家と我が家は似たような作りで、広い敷地に畳一枚ほどの池があり、池には灯篭と橋がかかり、池の周りの小さな築山に立派な松が植わっていた。北隣は噂によると大家さんの兄さんだかがすんでいたけど、今は行方不明で、玄関の戸は壊れ、畳はなく、床板が落ちて、どろだらけ、屋根もくずれた廃屋で、なんとも気味の悪い家だった。私の家にしても、しんと静まった夜には、柱だかなんだか、ピシッ、ピシッという音がした。小学校は家の路地を出て5分ほど歩いたところにあり北に山がせまっていた。天候してしばらくしてから、校庭のあちこちに、いまもって人骨が埋まってる、と子供達が話していた。
 時間があったら、市電にのって昔の古巣を訪ねてみようか、という気持ちはあった。が、娘と別れて、歩き始めるともう2時過ぎだった。それに最大の目的は、お好み焼きを食べることと、アンデルセンの本店でおいしいものを食べ、きのきいた雑貨をみること、だったから、市内をゆっくりうろつくことにした。
 広島には3年住んだ。あとの2年は街の中央あたりに毎日通った。住み始めて1年目、私はアルバイトで覚えたコンピューターのプログラムを作る仕事を始めていた。見た覚えのある建物に当時を思い出しながら、メイン道路を歩いたのだったが、方向音痴と、記憶違いとで、自分が通った道ではなかったと、夕がたになってやっと気がついた。
 紙屋町の交差点に、たしかそごうがあって、そこに広島太郎がたっていた、とおもいながら歩いたけれえど、紙屋町についたのは6時ころで、脚がつりはじめていた。
 広島太郎というのは、当時TVにもでた有名人であるけれど、長髪を細い三つ編みにして、髪の毛の間に5円玉が結わえられていた。たしかいつも黒っぽいロングコートをきていて、こーとには、空き缶などがたくさんぶるさがっていた。人目を引く不思議な人物で、デパ地下で試食しているのをよくみかけた。仕事先で若い男の子に聞いたはなしだけれど、太郎氏はもと某大手会社のサラリーマンで、結構な地位にあったが、管理社会に幻滅して辞めたのだとか。自宅もあって、往きつけの酒場もあるのだとか。あの容姿からどうにも結びつかない話をきいて私は唖然としてしまった。
あれから30年、太郎氏は多分70代になっているのではないか。どうなっているのだろうか、とても興味がある。

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by babamama_123 | 2012-06-11 16:33 | 歩く | Comments(0)

広島顛末記ー1

娘が知り合いの結婚式に招待されて広島へ行くことになった。娘は和服で参加したいから、車で行くと言う。ならばと私は便乗させてもらって、広島見物をすることにした。 九日の朝は5時に出るはずだった。参列者は12時にホテルに集合して、バスで式場に向かう。その前に到着して和服にきがえなければならない。広島まで高速を走っても5時間近くかかる。5時出発は必須だろう。なのにその日彼女が起きたのは6時。前夜も残業で終電での帰宅だったから、無理じゃないかと思ったけれど、用意万端整えて5時前から起きている私はなんだか不安になった。結局、いつものようにどたばたして7時少し前に出発したのだった。トランクは急ごしらえの荷物でいっぱいになった。
 覆面パトカーを気にしながら、時速100キロ以上で飛ばして宝塚までは順調だったが、そこで渋滞に巻き込まれた。娘は集合時間を気にして、きがえの時間がなくなると、あせりはじめる。渋滞を抜けると又飛ばし始めた。ナビの到着予定時間がどんどん短縮されていく。兵庫県をぬけて、給油とトイレ、朝食にSAに寄った。その時、娘は集合時間を1時間早くよんでいたことに気がついたのだ。
けれど、着替えの時間が十分あると安心するのは早計だった。
 11時過ぎに集合場所のホテルについて、着替えの部屋を聞くと、ないという。その日の宿泊先になってはいたけど、チェックインは3時過ぎで入れない。どうしようと青くなっていると、そういう方は今までトイレで着替えていらした、と若い女性に言われた。少し広いから身障者用のトイレがいいですよ・・・、と。
 とはいえやっぱりひどい状況になった。出てくる時は肌寒いくらいだったのに、岡山から先は晴れていて、広島は青空がひろがって陽射しがきつく真夏の暑さだった。寒い方にあわせて長袖のシャツに上胃を着ていたので、トイレにはいるやいなやたちまち汗がふきだした。その上、着替えの最中に、足袋がないの、ヘアーピンがないのと、なんやかんやたりないものがでてきて、付き添いにきたわけでもないのに、直近のコンビニに使い走る羽目になった。足袋だけはどうにもならなくて、式場で調達できるかもしれないと、いいながら着替えがはじまった。着物というのはややこしいから私は敬遠してきた。だから着付けの手伝いなんかできるはずもない。紐、タオル、と言われるままにさしだして、どうにか帯までこぎつけた。集合時間まで残り30分。ところが、お太鼓を結ぶ段になって、どうもうまくいかない様子になった。袋から着付けの本をだして、見ながらほどいたり巻いたりしている。何度かやりなおしてから、やおら、ドレスにする!と娘は叫んだ。
 タケノコの皮をはぐように、一枚一枚脱ぎ捨てる。私はそれをひろいあげ雑にたたんで袋に詰めた。肌十番は汗でしめっていた。備えあれば憂いなし・・などといいながら、二次会用にと洋服も2種類もってきていた。私が片づけている間に、娘の着替えは済んだ。残り10分。急がなくちゃとロビーに戻り下を見ると送迎バスが待っていた。
 このホテルは娘に用意されたもので、私の宿泊先は少し離れたところにあった。じゃあね、とあっさりいわれて、炎天下をホテルに向かって歩いた。この1時間あまり、なんだったのだろう。むなしさで空腹感を覚えた。

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by babamama_123 | 2012-06-11 15:18 | 歩く | Comments(0)

今週の作品


だらけている間にもう6月。1年の半分が過ぎようとしている。いつものことだけど、暑くなってから特に気力も体力も衰えて、動くのがとてもしんどい。それでもかようだけでもと、目的もはっきりしないのに教室に通った。どうにかしあげたけれど、案の定ちっと進展しない。それでもいいか、自分で自分をなぐさめている。

 アスパラガス 水彩と鉛筆
 
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 猫 油性パステル
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雨の日 銅版画 エッチング 14.5×10㎝
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娘達の幼いころの一日。真ん中は末っ子。ピアノは次女、読書は長女。三女だけは爺さん人目でわかった。ついでに俺の肖像画も壁にはってくれ、だって。

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by babamama_123 | 2012-06-04 14:08 | かく | Comments(2)