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青春18きっぷ

実家に行きにくい最大の理由は交通費がかかることだ。昨年までは夜行バスを利用していたけれど、高速バスの大きな事故があっていらい、それは辞めることにした。どうしようかな、と考えていたときに、青春18きっぷ発売の記事を新聞でみつけた。5回分12500円。それを11500円で買って、利用機関の最初の日につかった。
 青春18きっぷで行くと娘に言うと、年寄りなんだから、むりしちゃいけない。せめてこだまにしたら、と反対された。逆らうとこわいので、そうね、と返事して、当日家族がまだねている時間に家をでた。
京都から東京まで乗車券だけでも8540円する。それが京都から実家のある柏まで2030円になるのがから、どんなに特になるか。背に腹は代えられない。
行きは 京都6時29分発のしんかいそくで米原へ。東京駅まで合計7回乗り換えて、16時04分に着いた。どの列車もきれいで、クーラーが効いてるし、座れて、快適だった。最長110分の乗り換えもいい運動になる。車中は本をよんだり、ねむったり、少しも退屈しなかった。京都を出た時、隣にすわってきたおばさんが、リュックをしょって、数字を描いたかみきれをみていたので、きいてみると、やはり青春18きっぷで静岡の娘さんの家にいくのだといった。彼女とは浜松までいっしょだった。私はネットのえきから時刻表で乗り換え検索をしてしらべてきたけれど、彼女は時刻表を調べたといっていた。なかなかいいわよね、といったけれど、きになるのはのりつぎ時間の短いところがあることだった。降りた同じホームならいいのだけれど、4分で階段を上って別のホームにおりなければならないところが2度ほどあった。キャリーをもってはぁはぁいいながらかけ登り、降りて、余裕でまにあった。
帰りも柏を7時前にでて、6回乗り継ぎ5時少し過ぎに帰宅できた。帰りの乗り継ぎは余裕があった。ちなみにほとんどの列車にトイレがついている。
青春18きっぷは期間限定だから、いつもいようできない。いつも休みの老人のために、同じような金額で年中利用可能な老齢切符みたのがあるといいなぁ
 20日から23日まで、関東地方は寒いくらいだった。京の暑さひどくこたえる。
読んだ本ー東野圭吾 プラチナデータ 他1冊。 
  

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by babamama_123 | 2012-07-24 16:21 | 日々の記録 | Comments(0)

母に会いに

95歳になった母の顔を見に千葉県の柏に行くことになった。
母は春先から脚が痛いと言って杖をついても歩行がままならなくなっていた。独り住まいの母を、近くに住む妹が毎日通って世話をしている。遠くにいるからといって妹ばかりにまかせっきりというのも長子の私は気が咎める。といってたった2,3日いたところで妹の為には何の役にもたない。案の定着いた日は妹が夕食の支度をして、彼女の夫も交えて私を歓迎してくれた。
 母は意外に元気だった。血色もよく、杖なしでも歩けるようになっていた。それをいいことに2階のベランダにおいたプランターの野菜をとりに急こう配の階段をのぼりおりするようになった。
「まったくもう、人のいうことをきかないんだから。ころんだらどうなるかわかってるのっ」と、妹は厳しく言う。。脚が痛むというので、検査をしたところ、母の骨は全身かすかすなのだそうだ。骨粗鬆症で非常にもろくなっていると、医者に言われたという。
「配色サービスも勝手に断っちゃうし。デイサービスもいかないし。わがままなんだから」と言う。妹はかなりきつくいっているのだけれど、母は聞こえないふりして、にこにこと食べている。
お弁当は飽きる、自分で作って食べたほうがおいしいからと言うのが母の言い分なのだが、結局作らないで、冷蔵庫にある残り物を少しつまむだけ。ひどいときはなにも食べない時もあるらしい。体重はみるみる落ちて、具合もわるくなる。そうなると、今にも死にそうな声で私に電話してくるんだから。かわいくないよ。と妹がいうのも、母はにやにやして聞いていた。いよいよあるけなくなってしまったので、妹が夕食に通ってくることにしたのだった。厳しいことをいわれても側に人がいれば食が進むらしく、体重は元にもどり、最近は歩けるようにもなってきた。
 翌日は茨城に住む妹が、そしてその次の日は埼玉の妹が、私がきているというので母のところに集まった。昔はかなりの美系だった妹達も皆60代になって、それなりに年をとり母に似てきた。唯一人父親似で美系(といわれたことはこの70数年一度もない)ではない私でさえも母に似てきたらしい。茨城の妹はその日いなかったけれど、3人の娘がにぎやかにしゃべっているのを、母は黙ってうれしそうに眺めていた。そんな母を見ると、明日帰る、と私はいいにくなる。埼玉も、近くの妹も夕がた前にひきあげて、夕食は私が作って二人でたべた。質素な食事だったけれど全部たべてくれてほっとした。
朝、お風呂にはいりたいというので、何十年ぶりかに一緒に入浴した。母の背中は骨ばって、脚もうでも痛々しいほどにほそくなっていた。背中の骨を見て、2,3年前に死んでしまったマルチーズ犬のまるをおもいだした。夫が拾って来た時はきたない毛玉のようだったのが、治療をしたら目のきれいなかわいい犬だった。1年あまり我が家にいたけれど、相当の年だったのだろう。まるの背中は母とおなじように骨ばっていた。母が出たあと自分の身体をあらっていて、ぎょっした。私の胸もうでも相当骨がでているのだった。
妹はこれからも大変だろう。夫が協力してくれているけれど、最近は疲れた、とこぼすこともあるらしい。私達4人姉妹の亭主は幸い今のところ皆健在なのだ。独居の母の介護は思うようにはできない。一番近くにいる妹に頼るしかない。気休めにしかならないけれど、ちょkちょこいくことにしようと思う。

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by babamama_123 | 2012-07-24 15:40 | 日々の記録 | Comments(0)

睡蓮

平安神宮神苑の池で睡蓮が見ごろというので、猛暑の中撮影に行ってきました。御前9時神宮の砂利道は照り返しで焼けつくよう。急いで近くでペットボトルを買って中に入りました。祝日なのに園内はあまり人がいません。ゆっくり撮影できました。池一面に睡蓮が咲いてとてもきれいだったけれど、長居は危険、一回りしたところでタイ産しました。コウホネ(河骨)も見ごろと案内にあったけれど、見つけたのはたったの1本でした。
撮影モード A(絞り優先)、望遠200ミリ

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by babamama_123 | 2012-07-17 17:45 | 見る | Comments(2)

ゆりを描く練習

紫陽の油彩画はとりあえず終えることにした。
先々週の土曜、絵の教室に向かう途中にある花屋さんでユリの花を1本250円でうっているのをみつけたので、今度はユリをかくことにした。
結構大ぶりで、花弁は白いけれどカサブランカではないと思う。
ユリは花弁の数が少ないから描きやすいかな、と思ったのは浅はかな考えだった。白ユリのイメージとはかけ離れたものなってしまった。
1回目 鉛筆、パステル(バック)
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2回目 
  下絵
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  水彩
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  実物
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紫陽花 油彩
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by babamama_123 | 2012-07-12 23:17 | かく | Comments(0)

八丈が池の蓮華

日曜の朝、家人たちがまだ夢の中を泳いでいる間に、家を抜け出して、蓮の花を見に行った。桂から始発の次の電車に乗って、長岡天神で下車。日曜なので駅前の人出はほとんどない。八丈が池は長岡天満宮の鳥居の北側に広がっている。駅から歩いて10分もかからない所だけれど、荷物が重いのでバス停に寄った。始発まで一時間ほどある。仕方なしに歩いた。薄曇りの朝で空気も冷えてとてもきもちよかった。
池につくと目指す蓮がどこにも見えない。土手をジョギングしている人に聞くと、西の奥にあるという。行ってみると、その道に入る入口には木戸があってまだ鍵がかかっていた。開門は7時。30分以上待たなければならない。今日は開花したばかりの蓮を撮ろうと意気込んできたのに、気勢をそがれてがっくりしてしまった。どうしようかと迷っているところへ、入れないはずの木道を歩いている女性が見えた。どこからはいったのか訊ねると、東側の木戸からだという。もうすぐ管理人がこの木戸も開けてくれますよ、と話しているところに当の管理人が来て、まだはやいけれど、日曜だからと言って鍵を開けてくれた。
前日呼んだマニュアルとおりに撮影開始。でも咲くから花まで距離があって、思うような写真はとれなかった。残念。これなら竜安寺の方が間近で写せる。今度の日曜はそっちに行こうと早々に引き揚げて、9時に帰宅。案の定まだ皆、猫も人も眠っていた。
長岡天満宮八丈が池
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by babamama_123 | 2012-07-11 13:24 | 見る | Comments(4)

ジェノサイド

先週末、昨年の11月に予約した「ジェノサイド」(高野和明著)が図書館に届いた。実に8カ月も待たされたことになる。数か月前までは本屋の店頭に山積みされていたが、近頃はみかけなくなった。それで予約したのをすっかり忘れていた。これだけ日が経つとなんだか興味が薄れてしまって、わざわざ借りに行くのも億劫だなぁ、と思った。が読み終えて、久しぶりにとても面白い本にめぐりあえて待ったかいがあった。今回は590ページもあるのに、丁寧に短期間で読み終えた。
 ジェノサイドとは大量殺戮、という意味である。590ページを簡単に要約できないけれど、「ハイズマンレポート」が物語のキーになると言えるのではないかと思う。

ハイズマン博士のレポートの正式タイトルは「人類の絶滅要因の研究と政策への提言」となっている。創作にしても、なるほどと思う、興味深い内容である。要因は5項目ある。
 1.「宇宙規模の災害」
    小惑星のちきゅうへの衝突と、その後に起こる二次的被害について。
 2.「地球規模の環境変動」
     地磁気の南北逆転現象。過去200年間、地磁気は急速に弱まっており、一千年後には完全に消滅すると考えられる。おそらくこの後地磁気の逆転がおこるであろうが、その前の段階、地磁気が消滅した時点では地球を守る磁気圏が失われ、太陽風をひくむ有害な宇宙船が地上に降り注ぎ、人類のみならずあらゆる生物種の大量絶滅がおこる可能性がある。
 3.「核戦争」
    核攻撃が一度でもおこなわれれば、抑止力によって辛うじて保たれている均衡が破られ、報復攻撃の連鎖がカスケード四季に膨れ上がるのは必定。
限定的な核戦力の講師でも、地球全土を覆う氏の杯による生態系の被害、あるいは酸化窒素の濃度上昇によるオゾン層の破壊で、全人類が存亡の危機に立たされる。又食物資源の壊滅的だけ気により深刻な気がが発生し、これが次の戦争を勃発させる要因となる。・・・
 4.「疫病:ウイルスの脅威および生物兵器」
    自然界に発生した疫病が、人類を絶滅に追い込む可能性は皆無であると言ってよい。黒死病もスペイン風邪も、人類社会に甚大な被害を与えたが、我々を絶滅させるには至らなかった。限られた遺伝子で、どのように無数の抗原に対処しているかは未だ不明であるが、あらゆる病原体に対して抵抗しうるだけの遺伝的多様性を獲得しているのは確かである。
  ・・・現時点におけるゆいつの心配ごとは、ヒトの免疫システムを直接攻撃するウイルスの出現でsる。(後天性免疫不全症候群:エイズを発症させるHIVウイルスのこと)
  一九六九年六月に行われた、国防総省研究開発局副局長の議会証言によれば、「五年から十年以内に、免疫プロセスが通用しない病原性微生物を創り出す」とのことであるが、このような生物兵器が紛争地域で使用され、あるいは実験施設から漏洩し、幹線が拡大すれば、ヒトの種としての存続は危険にさらされる。
 5.「人類の進化」
   生物進化が、遺伝子の突然変異によってのみ、もたらされるという言説には疑義を呈する。化石資料を見る限り、生物進化は漸進的であると共に断続的である。進化という現象には全身と断続の両面から生物種を作り替える道のメカニズムが潜んでいる。生物は、長居時間をかけて微細な変化を蓄積させていく一方である時突然、大きく形質を変えうるのである。
 ・・・「未来のヒトは不意にくる。」
  厳正人類から進化を遂げた次世代のヒトは、大脳皮質をより増大させ、我々をはるかに凌駕する圧倒的な知性を有するはうでる。・・・・
 人類の進化がおこれば、ほどなくして我々は地球上から姿を消す。北京原人やネアンデルタール人と同じ運命をたどるのであるー

 ハイズマンレポートの五項目をめぐって物語は、アメリカ、日本、そしてアフリカの三つの奉公から進んでいく・・・・。

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by babamama_123 | 2012-07-10 12:17 | 読む | Comments(0)