一月前、古本屋で「太陽が死ぬ日まで」(ジャストロウ、集英社。1984年刊)を見つけて読んだ。宇宙の誕生から、生命の歴史、生命の進化から人類の歴史、が書かれている。とてもおもしろかった。50億年歳の地球生のなかで水生動物が現れたのは3億5000年前で、それが環境の変化に応じて進化して、類人猿(チンパンジー)となったのは5000万年前のことだった。森に住む類人猿の一部が草原に移り住んで、直立姿勢の人類となったのは1500万年前だったという。環境の変化に合わせてに二足歩行になったり、樹上や水中生活にとどまる種ができたわけだけど、それには脳味噌の大きさが要因となっている。恐竜が息絶えたのは、あの大きな身体に脳の大きさはくるみほどだったからだという。地球が生まれて、10億年たったころ、偶然、ヌクレチオドの分子が創り出され、それが自己増殖して、デオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれる二重らせん構造の分子になった。それから何10億年という時間の触媒の作用で現在の多様な生命が発生し消滅してきた。地球の余命、太陽が消滅する日まではあと60億年あるのだそうだ。何億年の歳月の中で人類が生まれたのは1000万年前、ほんの少し前のことになる。この先何億年の間に人類はどのように進化するのか、退化するのか(退化しかけてるのではないかと思っている・・)、もっと優れた知能をもった新人類がたんじょうするのか、とても興味があった。
本を読み終えてしばらくして、新聞に映画「プロメテウス」のロードショーの宣伝記事がのった。女性人類学者が古代遺跡の壁画に共通して描かれている絵を見て、人類の起源を探ろうと、宇宙船プロメテウスに乗るという、話で、興味をそそられた。
 あまり詳しいことはいえないけれど、人類の起源はだーういんの進化論に反して創造主がいるとしていて、その創造主に会い、人類創造の理由を問いただしたいとあらたに宇宙の旅に出る、というところで終わっている。3D映画で、結構えぐい場面があって目をつぶってしまった。なにより宇宙人とおぼしき生物がたこのような軟体動物でグロテスクで、兇暴なのがいただけなかった。

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by babamama_123 | 2012-08-29 15:58 | 見る | Comments(0)

この一月

先週のこと、大阪の友達から電話があった。電話ではあるけれど、声を聞くのは一月ぶりになる。お互い、この暑さ、どうにもならないね、とこぼしあった。昔、テントに泊ってマツムシソウの群落をみたのはこの時期だった。暑さからにげようにも、もう体力がないね、と話ももりあがらない。
 あと数日で9月になる。ひところにくらべれば暑さに勢いがなくなったけれど、老いの身にはやっぱり耐えがたい。きがつけばこの一月余り、私はな~んにもしなかった。どこにも行かなかった。8月の始め、用事で町にでかけたら、途中で脚がつってうごけなくなってしまった。数歩歩いた先に酒屋さんがあったので、なんとかたどりついてポカリスエットを買って飲んで、店を出ようとしたらもう一方の脚がつりだして動けなくなった。お店の女主人が、困っている私にビールの空き箱をだしてくれて、座って休んでいくように薦めてくださった。ご好意に甘んじて座った途端両足がつった。おもわず立ち上がるほどの痛さだった。だいじゅぶですか、と女主人は心配して声をかけてうださるのに、大丈夫です、じきにおさまりますから、といってたちつくすしかなかった。すっかり迷惑をかけてしまって、涼しくなるまで歩くのは控えようと決心した。
 今年はいつになく暑い。家の若者は毎年こんなもんだというけれど、天気予報の気温をみると、京都は毎日平年より2℃以上高くなっている。やっぱり異常だと思う。そういえば、今年は蝉がはやくから鳴かなくなった。空蝉を描こうと思いついて探したけれど、ぬけがらがみつからなかった。毎年家の通路にある金木犀の幹に3つ4つついていたのに、一つもみつからない。家の中に飛び込んでくる蝉もいなかった。見つかってもきっと描けなかったとはおもうけれど・・・。
 この夏描いたのは、かぼちゃ、だけ。8月の中頃教室で描いた。それを今油彩にしている。完成の時期は未定。

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by babamama_123 | 2012-08-29 14:53 | 日々の記録 | Comments(1)

ハッピーバースディ

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8月18日は爺さんのご生誕記念日である。昨日彼は75回目の誕生日を無事迎えた。75年前のこの日、産声をあげたのだ。昔はクーラーなどなかったから、産前産後、お母様はさぞ暑かっただろう。随分前に、姑は汗もだらけでたいへんだったと言っていた。そのせいか彼は実にあつくるしい性格だ。一月以上前から、818はなんや、なんやと、うるさかった。いわれなくても、好物のウナギくらいはだそうと思っていた。ところが、昨日は土曜日で、久しぶりに娘が家にいた。朝、お父さん、何が食べたい?と娘は爺さんに聞いた。「せやな、ひさしぶりに肉が食いたい。ニューヨークステーキがええな」と、爺さんは人の懐具合も省みずにいう。「じゃあ大阪にいいところがあるからそこに行こう。」
娘はスマホですぐに予約を入れた。婆さんはあわててふところ勘定をする。ディナーだから結構するのではないだろうかと心配になったら、急に雲ゆきがあやしくなって、雷鳴がとどろき、電線がうなり声をあげ、大粒の雨が降り出した。天気が落ち着いた夕がた、爺婆は娘に連れられて梅田に向かった。
 ”LAWRYS"はステーキ専門の店で、雰囲気はアメリカ風だった。それで、10年以上前、末娘を訪ねてロサンゼルスに行った時、彼女の婚約者に連れていってもらって、大きなステーキを食べたのを思い出した。そのお店もローリーズだった。
あの時はわらじみたいに大きなステーキで、私は食べきれなかったけれど、爺さんはぺろりと平らげていた。この日、娘がたのんだのは一番小さいお肉だったけれど、爺さんは半分近く残してしまった。食後に、ウエイトレスが二人、ハッピーバースデイを歌いながら、バースデイケーキのろうそくに火をともしてくれた。。二月後の婆さんの誕生日のお祝いもかねているからとと言って、会計は、娘がカードでしはらってくれた。幸せ~。
爺さんは本日より高貴高齢者となる。
4年前の誕生日は病院で迎え、その3,4日後体中チューブだらけになって集中治療室のベッドに1週間横たわっていた。あとで、爺さんはあの世の入り口で、白い服を着た人に追い返されたと言ったが、あのままいったきりになっていたら、今日のステーキは味わえなかった。本人は自覚しているのかどうか、爺様は本当に強運の幸せ者だ。

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by babamama_123 | 2012-08-19 15:15 | 日々の記録 | Comments(2)