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素敵なランチ

久しぶりに、大阪の友達のお宅を訪ねた。電車で伺うのは10年ぶりになる。乗り換えの駅や道筋の記憶が不確かでこまっていたところに、友達からでんわがあった。乗り換え駅や、エスカレーターのある改札口、や出口を丁寧に教えてくれた。そのとおりに行くと、見覚えのある通りにでることができた。
彼女は先月足の手術を受けたばかりで、リハビリ中である。お見舞いのつもりでうかがったのに、あった途端ランチに誘われた。ポイントがたまったお店があるので予約をいれたのだとか。
車で10分ほどのレストランはなんともおしゃれで、ランチはフレンチ風中華のフルコース。友達はたまにはいいじゃないというけれど、昼間からなんとも豪華贅沢ランチで恐縮の至りだった。もちろんきれいに食べて幸せでお腹がいっぱいになった。
 家に戻って、日本百名山のビデオを観賞した。もう岩場の険しい山を登るのはむりだね、と言いながら昔登った山々を懐かしんだ。岩場の険しい山は無理でも、高原ならまだ行ける。お互い足を鍛えて又高山植物を訪ねて歩きましょうと約束してお別れした。
大阪市内の街路樹は上の方が少しあからんでいた。秋晴れのあたたかな日で、幸せな数時間を過ごした。
レストラン前景
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前妻(クラゲ、冷茶碗蒸し、豚肉)
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豚ミンチとコーンのスープ
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鮭ときのこの紙包み蒸し
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飲茶2種
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若鶏のカレー風味煮
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ザ―サイとレタスの炒飯
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デザート、コーヒー
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by babamama_123 | 2012-10-27 15:41 | Comments(0)

吉田山

澄み切った空、ひんやりした空気、家の中にいるのがもったいなくて、外にでました。目的地は吉田山。坂道をどのくらい登れるかの足だめしと、頂上に素敵な喫茶店があるというのを聞いていってみることにしたのです。
 吉田山といえば京都大学。河原町から市バス17系統に乗って、京大のある百万遍で降りました。バス停から大学まではすぐですが、吉田山はてっぺんが少しみえるだけ。距離がありそう。京大生らしい人に吉田山への登り口を聞きました。京大の構内を突き抜けて、10分ほど歩いたところに吉田神社の参道がみえてくるから、そこから登ったら、ということでした。
 参道から、緑の中を10分坂道を歩くと、頂上につきます。喫茶店、茂庵は木立の中にありました。山小屋風のレトロな感じのお店です。のれんをかきわけて、引き戸をあけると、外個人のカップルが帰るところでした。お店の中はどこからのぼってきたのか、お客さんがいっぱいで、ランチはうりきれでした。おいしそうなのにちょっと残念。ピタパンサンドを頼んで、窓際の席に着きました。窓の外に京都市内が少しだけ見えます。山に囲まれて、建物が光ってみえました。
 帰りは、来た白川通りに下りて、浄土時から又市バスに乗って帰りました。
 この日歩いたのは13000歩。背中のリュックが重かったけれど、脚がつることもなく、爽やかな気分でした・・・。
 スケッチの中に見える山は、手前の小さいのが船岡山、衣笠山、左大文字。後ろの高い山は、愛宕山の尾根だと思います。どの山もまだ緑です・・・

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茂庵正面
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茂庵裏
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ピタパン(なすとベーコン、トマトとモッツラレチーズ、栗のスープ、豆さらだ
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石段の落ち葉
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日向ぼっこの老猫
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by babamama_123 | 2012-10-25 11:19 | 歩く | Comments(0)

小さい秋見つけた

とりあえず完了。
小さい秋見つけた。  ソフトグランドエッチングにドライポイント
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by babamama_123 | 2012-10-23 14:27 | かく | Comments(2)

今日の作品

今日は、7X回目の誕生日。めでたくもあり、めでたくもなし。70年以上も生きて、今日があるというのは、やっぱりおめでたいこととしなければいけない。
 誕生日だからというわけでもないだろうけれど、今日の教室では自画像を描くことになった。自分の顔を自分でかくのは初めてで、なんでこの年で、と抵抗があったけれど、先生は記念になりますよ、言われ、鏡を出して来られた。
 できるだけ実物に忠実に、つまり皺の一本もごまかさないように描こうとおもったけれど、皺は多すぎて、全部かききれなかった。このところ、右目の近視度が上がってみえにくいせいもあるかもしれない。
 忠実に描いたら、意地の悪そうな目つきの婆さんが目の前にいて私を睨んでいる・・・。これ、私じゃない。私はもっと・・・・なのです。
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by babamama_123 | 2012-10-20 15:01 | かく | Comments(4)

芸術?の秋

日曜日は、クロッキーと版画教室で、朝から大忙しだった。クロッキーは3カ月ぶり。2時間4ポーズで、1ポーズ20分。1ポーズ目は立ちポーズ、感がつかめず描けなかった。人体の骨格、どうつながっているのかを考えるように言われるけれど、難しい。頭でっかちになったり、短足になったり、満足に描けた試しがない。
銅版画教室4回目。先週の版にドライポイントで色の強弱をつけてみた。先生曰く、木の影が尻尾みたい・・。横の線をいれるとよろしい、ということで、次回は影に手をいれる。

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by babamama_123 | 2012-10-15 14:34 | 歩く | Comments(0)

きんもくせい


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今週になって、やっと金木犀の芳香が漂い始めた。我が家の木犀も花盛りである。でも今年は花が少ないようだ。去年は木全体が黄色く見えるほどで、香りもむせるほど強かった。
 その強い芳香は、子供のころもっていた匂いガラスの匂いににている。ガラスのような破片はこするといいにおいがした。終戦後5年、東京の郊外にはまだ所々焼け跡に瓦礫の山がのこっていた。瓦礫の山は子供にとっては宝の山で、子供達は、瓦礫をひっかきまわしてきれいなタイルや、青い結晶(硫酸銅)、半透明のガラスの破片をを見つけてよろこんでいた。匂いガラスは瓦礫のなかだけではな広っぱの土に埋もれていることもあった。そうして集めた瓦礫の破片を宝物のように箱に詰めて楽しくんでいた。匂いガラスをこすって匂いを嗅ぐのも遊びのひとつだった。小学生の間は大事にもっていたのに、いつの間にかなくなってしまった。いつなくなったのかも覚えていない。ずーっと忘れていたのに、大分年をとってから、ふと思い出した。
 小学校6年の秋も深まったころだった。6年5組の教室は西日も消えかけていた。放課後、中学校を受験する生徒のためにクラス全員の補習授業が始まっていた。担任の先生はしばらくすると、職員会議に出るから、静かに自習していなさいと、教室をでていかれた。60人近い生徒生徒の内受験生は一割にもみたなかった。私もそのころは進学先のことなど何も考えていなかった。それでも、皆大人しく補習授業を受けていた。
 先生が行ってしばらくたつと、児童委員が、職員室に先生を迎えに行くと言って教室を出た。南に校門のある広い校庭をコの字に囲んだ校舎の西側二階に5組の教室があった。職員室は校門の向かいの1階にあった。職員室に行くのに、男女ペア―の二組の児童委員は階段を下りて校庭にむかった。その時、教室の前の廊下で、ワ―っ、という歓声があがった。
「あいつらずるいぞ」、「先生を迎えに行くって、遊んでる」
 それから教室にのこっていた大勢の子供達も廊下にでて窓越しに一斉にはやしたてたのだった。
 5分もたたないうちに担任の先生が粗らしい足音をたてて教室に入ってこられた。ただならない様子に皆は自然に席について、静まり返った。
 「私はきょうほど恥ずかしい思いをしたことはない」と、先生は声を震わせて言われた。「教室を出て、大声を出した者は、立ちなさい・・・」
 一人、二人、と立ち上がった。ちっらとみると、皆机にうつ伏して、泣いているように見えた。私もあわてて下を向いた。けれど、ちっとも悲しくなかった。それよりなんだか恥ずかしいとおもったのだ。担任の先生は当時50歳前後だったと思う。風貌は教科書に載ってる織田信長の肖像ににていた。なぜだか、私にはとても厳しく、字が汚い、といってはクラス全員の前で悪い見本として見せられ、大掃除のガラスみがきがいいかげんだと、どなられた。おおきくなったら先生だけにはならない、とおもうほどだった。だから、おとなで、男のくせに、こんな程度でなくなんて、とうつむきながら、思っていた。
 その時、隣の席の子供がすっと立って、言った。
「泣いてるの?大丈夫だよ、僕が立つから・・・」
 髪の毛に熱い息を感じて、私ははっとした。先生に対する黒い気持ちがみるみる晴れていった。
 たしかK君と言った。6年の4月北海道からお母さんときたと紹介された。お父さんは、多分戦死戦士されたのではないかと思う。K君の席は丁度空いていた私の隣に決まった。私の両親も北海道だったから、すぐに話が通じた。いがぐり頭で御所人形みたいな子供だった。掃除の時は、箒を振りまわして教室や廊下をはしりまわって遊んだりした。少しおませな女の子に、私がK君と仲良くしてるとうらやましがっていると、と言われたこともあった。
 先生は最後に、「今日のこのことは、君たちが大人になっても決してわすれることはないだろう」と言われた。
 間もなく3学期になり、私はおもいがけず、私学を受験することになった。あわただしく時が流れ、中学生になったある時、同級生に、K君のことをたずねたら、もううどこかに引っ越して校区にはいないという。大事にしていた子供のころの宝物もなくなってしまっていた。
 秋になると、木犀の芳香から、匂いガラスを思い出し、あの補習授業を思い出す。

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by babamama_123 | 2012-10-11 17:21 | 日々の記録 | Comments(0)

今日の作品

「小さい秋見つけた」 銅版画の下絵  鉛筆
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試し刷り  ソフトグランドエッチング  25.5×18.5センチ
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夏の作品
南瓜   油彩27X22㎝ 
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by babamama_123 | 2012-10-08 16:34 | かく | Comments(2)

NAOさんの畑

土曜の朝、絵画教室に行く前に、野菜のスケッチをしようと、NAOさんの畑に行きました。薄曇りで、桂川河川敷の木立から流れる風はひんやりして、すがすがしく気持ちのいい朝でした。ねむの木に実がき、キリン草は鮮やかな黄色で、季節がやっと進み始めたのを感じます。
NAOさんの畑は夏野菜が終わって、冬野菜の準備がととのっていました。茄子とシソはしっかりのこっていて、食べきれないから、とたくさん譲ってくれました。そのうちスケッチのことなどすっかり忘れてしまいました。サツマイモや、空芯菜をいただき、穂紫蘇を摘んだりしているうちにじ、教室の時間がせまり、やっぱりスケッチはできずにおわりました。
夕食に、空芯菜は微塵切りのにんにくと炒め、茄子も炒めて味噌味でいただきました。食後、穂紫蘇をさばいて、お醤油とみりんで炊いて佃煮煮にしました。葉っぱはお醤油につけました。穂先を処理するときは結構時間がかかったのに、炊きあがってみると、大匙1敗にしかなりませんでした。でも穂紫蘇の佃煮のはいったおいなりさんとってもおいしいので、大切に使おうと思います。お醤油につけただけなのに、シソの葉でご飯をくるんでたべると、とてもいい味がします。ごはんが進んで、XXまっしぐらにならないようにきをつけないと・・・・。

NAOさんの畑
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おくらの花
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シソ
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by babamama_123 | 2012-10-08 15:13 | 食べる | Comments(2)

梅小路公園

TVの朝のニュースで、梅小路公園にことしもアサギマダラが来ていると耳にはさんだのは先週のなかごろだった。梅小路公園は家からちかくバスで15分くらいのところにある。これまで京都駅に向かう道すがら、かならずみてきたのに、公園の中に入ったことがなかった。JRの構内跡地にできた公園で、機関車が展示されているだけだと思っていた。去年、その先に水族館ができたけれど、海から遠いところの水族館なんてと興味がなく、まだそこもいっていない。ニュースで、源氏物語にも出てくる藤袴も盛りで、その花の上をアサギマダラが舞っている、というのを聞いて、蝶の写真をとりたくなった。
 桂駅から市バスに乗って、七条通りの梅小路公園前で降りた。公園前といいながら、公園までは結構歩く。入口からコンクリートの広場をさらに歩いて、「朱雀庭」にむかう。お庭は「緑のやかた」の建物の2階にあって、200円の入場切符を買って入った。
 近くにこんなにきれいな庭があるとはしらなかった。芝の植わった広場に池があり、西側は、命の森と名付けて樹木がうっそうとしている。上の方で鳥が鳴いて飛んでいるけれど、みつけることはできなかった。
藤袴は芝のほうにたくさんうわっていて、黄色い蝶がまっていた。花の上に止まったところを写したけれど、これはアサギマダラではない。アサギマダラはどこだ、とさがしたけれど、黄色い蝶しかとんでいない。管理人さんに聞いたら、朝がた2匹ほどいたけれどこの時間はむりでしょうね、まっていたらでてくるかもしれないけれど、と言われた。昼時でお腹もすいてきたし、暑くなってきたので、また脚がつったらと、あきらめた。黄色い蝶はツマグロヒョウモンというのだそうで、もともと南方の種が、温暖化のせいで、どこでも見られるようになったらしい。アサギマダラは渡り蝶で、高山から降りて、これから南に移動するのだとか。見られなかったのはとても残念。来年合えるといいな。

ツマグロヒョウモン ♂
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ツマグロヒョウモン ♀
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ナンバンギセル
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きのこ
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ムラサキシキブ
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彼岸花
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カワラナデシコ
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by babamama_123 | 2012-10-03 12:51 | 歩く | Comments(5)

人生、いろどり

「人生、いろどり」をみてきた。
これは、徳島県の山奥で、はっぱビジネスを成功させた年配の女性達の実話である。実際のところはともかく、映画では山深い農家のお婆さん達の人生をドラマチックに、メルヘンチックにえがかれていた。
 70代の3人のお婆さんは幼ななじみである。吉行和子の演じる薫、富司順子の花恵、中尾ミエの路子、3人三様の境遇と個性がよく演じわけられていた。3人のこれまでと、現在こそがちがったいろで、題名を象徴していると思った。それにしても、お婆さん達がちっとも老いてみえず、むしろ華やいで見えた。3人の誰かが苦境に落ちいた時に交わす会話もすばらしかった。また山里の四季もよかった。終わったとき、館内にライトがつくまで席を離れる人がいなかった。

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by babamama_123 | 2012-10-03 12:08 | 見る | Comments(2)