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ドッグラン初体験

3連休の中日、急に、ニュートンをドッグランに連れていくことになった。用事を済ませに出たついでのことで、何の用意もない。娘の無計画、気まぐれ行動は父親譲りなのだ。一番近いドッグランはスマホのネットでみつけたらしい。家から20分、高野のパークウエイの中にある。通行料1000円を払はなければならないけれど、ドッグランは無料である。
ニュートンは前日ペットサロンできれいに毛をカットしてもらったばかり。それをみせたかったのかもしれない。
ドッグランは、小型犬と大型犬に別れていて、小型犬の運動場は結構たくさんの犬がきていた。トイプードルや、チワワなどがブランドらしき金ぴかのお洋服をきせられて元気にはしりまわっている。ニュートンもリードをはずして仲間入りさせようとした。ところが、娘の側を離れない。娘めがけてパーっと走るだけ。ほかの犬がよってくると、尻尾を下げてベンチの下に隠れたり、婆さんのひざに登ってきたり。婆さんの膝ならともかく、娘の姿とおいいと、だれかれなしにベンチに座っている人の膝に乗ってしまう。3カ月前、犬の学校に行った時もそうだった。家でのやんちゃぶりは影もない。娘はがっかりして溜息をついた。
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by babamama_123 | 2013-09-24 14:41 | うちの仔たち | Comments(0)

生姜パワー?

先週、爺婆そろって定期健診に行ってきた。爺さんは循環器科、婆さんは眼科。昼近く婆さんの診察がおわったので、急ぎ爺さんの診察室に向かった。爺さんは丁度診察室に入ったばかりだった。婆さんがはいると、先生はいきなり、よくなってるんですよ、びっくりしました、と言われた。入院されたのかと思いました、と言いながら血液検査の表を示された。血中血糖値A1Cのところが赤いボールペンでかこってある。その数値は7.0であった。前回は確か7.9だったかと思う。昨年の夏は8ポイントを超えていたはず。たしかにおどろきの回復である。なにをされましたかと聞かれて、もしかして生姜いりジュースがきいたのかもしれませんと答えた。冬から春にかけては、きくいも入りのジュースで、血糖値を下げたが、菊芋のない夏場はもとにもどっていた。この夏、新生姜が出回ったころ、ためしにひとかけほかの野菜といっしょにしぼってみた。さわやかな味で好評だったのでほぼ毎日そのジュースを飲んでいた。3人でひとかけだから、生姜の効果は予想つかなかった。でも爺さんの血糖値は10年来初めて7ポイントなった。爺さんの食生活はあいかわらずで、酒量こそへってきているけれど、この夏もラーメン食べ放題、塩分取り放題(ものすごく味を濃くして召しあがる)だった。なのにこれだけさがったのは、生姜いがいにかんがえられない。
あとで、爺さんは、先生に、入院してたん?入院してたん?と何度も言われたと、うれしそうに言った。
生姜の力、すごいなぁ。美容にもいいと聞いて、秘かに期待はしたけれど、婆さんには何の変化もみられない。この夏、しわはますます深く刻まれ、しみはますます色濃くなった。

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by babamama_123 | 2013-09-24 14:14 | 日々の記録 | Comments(0)

夏に読んだ本

この夏、猛烈な暑さで、な~んにもしなっか。というわけではなく、きちんと食事もしたし、たまには本も読みました。
1.たんぽぽ娘。
  ロバート・F/ヤングのSF短編集。
 妻の仕事で、一人旅となったおじさん(50代?)が旅先の避暑地の丘で、タンポポ色の髪の娘に出会う。彼女はタイムマシンにのって未来からやってきたのだった。
タンポポ色の髪をなびかせ、綿毛のようなふわっとした白い服を着て、丘に立つ少女。クロードモネの「日傘の女」の絵が浮かんだ。
おじさんの心は、今までになく動揺して、それから毎日、少女に会うために丘にのぼるようになる。がある日から少女はぱったり姿をみせなくなった。
しばらくして一度少女は丘の上に立ち、「私はいつもあなたの側にいるのよ・・・」と言って又未来に帰ってしまう。
妻の仕事が終わり、今までと変わりない生活がはじまった。そんなある日、その妻の後ろ姿をみて、おじさんははっときがつくのだった・・・・
メルヘンのよおうなとってもうつくしいお話でした。図書館に予約してから、一月以上も待ってやっと手にしたのに、あまりの暑さで、他2,3編しかよめなかった。全体、SFというより、奇妙な気持ちにされる話ばかりのようでした。
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2.樹のうえで猫がみている
 やまだ紫の詩画集。
 猫と言う文字に惹かれて図書館でかりました。飼い猫のスケッチが素敵です。
子供のいる漫画家の日常生活や思いを詩っていて、通じるものを感じました。
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3.女川一中生の句 あのひから
  絵画教室のNさんに借りました。7月末、東北の旅先で女川中学の先生に出会ったのがきっかけで、この本を買い求めたとか。
あの東北大震災に遭遇した女川一中生の俳句です。読んでいて胸が痛みます。
君達は若い!、めげずに頑張ってほしい、としかいいようがありません。
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by babamama_123 | 2013-09-15 14:45 | 読む | Comments(0)

絵画教室にて

1. 蚊取り線香を描く (円を描く練習)
 前回スケッチしたものに、水彩絵具で着色。
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 渦巻きを描くのはむづかしった。描いているうちに、目がぐるぐるして、どの円を描いているのかわからなくなりました。
2.八月の作品。これは、丸ナスと冬瓜です。冬瓜の切り口をきちんと描きなさい、といわれたのですが・・・・
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3.先生のお手本です。くまどり、という技法を筆をとって教えて下さいました。
筆の使い方を示されただけなのに、絵になってしまうのが、さすが・・・!!
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by babamama_123 | 2013-09-15 13:48 | かく | Comments(0)

まちやカフェ

絵画教室の後、Nさんが予約してくれた、まちやカフェで遅いランチをとることになった。先週予定していたのだったが、台風の予報で、おまけにお店は臨時休業だったその日も雨がふったりやんだり、傘をさしてのおでかけである。桂駅から洛西方面行きのバスに乗って、4、3停留所目、公会堂前で降りると、お店は停留所のすぐ横にあった。バス通りは昔の鯖街道、旧山陰街道で、道路沿いには格子戸の旧家がならんでいる。家の近くに風情のある街並みがあるとは、新たな発見であった。絵になるね、とNさんと話し合った。すずしくなったらスケッチブックをもってきてみようと思う。
ランチは、あらかじめ予約してあったメニューにした。いろいろな種類のおばんざいがお皿にのっている。完食したらお腹がいっぱいになってしまった。なかでも一番おいしかったのは、グラタンで、レシピをうかがった。胃にもたれないとおもったら、牛乳ではなく、豆乳を使い、こいもをつかっているからだった。小付の、鮭の白子甘酢あんかけ、もおいしかった。
これは予約の必要なメニューで1260円。隣のテーブルの方々は、シェフお任せランチの大皿ランチを召しあがっているようだった。こんどはこちらにも挑戦と秘かにおもった。それから、折り紙で負ったシャツの箸置き、ちりめん布のボート型のコースターもおしゃれだった。
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by babamama_123 | 2013-09-11 16:23 | Comments(0)

東京オリンピック

明け方、トイレに入ると、棚の上のラジオがIOCの1回目の投票で東京とイスタンブールが選ばれたと報道していた。(我が家のトイレは換気扇のスイッチをいれると、同時にラジオのFM放送が鳴りだすしかけになっている。)20分後の2回目の投票で開催都市が決まると言った。それまでさして東京オリンピックに大きな関心もなかったのに、ラジオを聞いた途端に気になりだして、しばらくトイレからでられなくなった。爺さんも同じようだったと見えて、下に下りると、(非常に)珍しくもう起きていて、TVの前にどっかり腰を据えていた。TVからは東京に決まったのを喜ぶ人達の歓声がわきあがっていた。
 よかったなと思う。本当によかった。7年先のことで、私達高齢者は東京オリンピックをこの目でみることができるかどうかわからない。けれども、東京で開かれると聞いただけで満足に思う。そして、今からほぼ半世紀前の東京オリンピックの年を思い出して感無量だった。
 その年の春大学を卒業して、やっとの思いで就職した会社は渋谷にあった。3カ月近くの社員教育を終えて、就任したのは、営業部。私と、大阪の友人はテストケースとして、始めて女子の営業部に配属されたのだった。大卒の女子の就職が難しかった時代だった。落ちこぼれの婆さんは卒業間近になっても就職先がきまらなかった。毎日新聞の求人広告を長め、その中から、できたばかりの、今でいうIT関係会社が大勢募集しているのを見つけたのだった。
 友達は官公庁への営業課、私は民間企業相手の課で、女子は事務を除けば一人しかいない。期待されてついたにもかかわらず、男子社員からは生意気とみなされ、冷遇された。同期の男子は先輩について営業見習いに外にでたけれど、私は資料のコピーをとり、新しい機種の講習会にでたりと、毎日資料を読むだけで、仕事らしいことをした覚えがない。
 夏の終わりごろ、友達と揃って珍しく定時に退社することになった。まだあかるかったので、神宮外苑(だった?)から中央線の千駄ヶ谷まで歩いていくことになった。新しい国立競技場の前を通ったのを覚えている。あの時何を話したのだろう。競技場までくると、日が陰り始めていた。夕暮れの中に競技場がひっそりとたっていた。少し前まで、歓声が外までひびいていただろうに。
 今思うとあのころは皆はつらつとしていた。婆さんにもそうした若い時があったののだと、今朝のニュースを聞いていろいろ思い出した。
孫達の世代に希望ができたのはうれしいことだ。どうか、この7年間、これ以上の災害がおこらず、安全な東京であってほしいと祈るばかりである。

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by babamama_123 | 2013-09-08 17:53 | 日々の記録 | Comments(2)