2、3日前宅配の大きな重い荷物が届いた。宛名は娘。ネットで注文したらしい。土曜に荷物をほどくと、中身は、炭、ごとく、ひおこし、灰などであった。夏の終わりころ、近江八幡に行った折、骨董店で、娘が小さな火鉢を二つ買って、居間に放置したままにしてあった。それにいよいよ火をいれよう、ということらしい。
娘は早速火鉢に灰を入れ、炭をおこしたものの、火がつかなかった。翌日朝一番に起きた婆さんがためしてみると、見事着火。小さな火鉢の中で炭があかあかと輝いた。小さな火鉢だけれど、遠赤外線の効果で周りはほっこり暖かい。火鉢をくるっと抱いて見ると、子供の頃の冬が思い出された。
この数倍も大きな火鉢が実家にずーっとあった、母が生存していたついこの間まで。
石油ストーブも、電気ストーブもなかった、半世紀以上前、暖房器具といえば、薪ストーブか、炭や練炭、豆炭のあんかや火鉢だった。私の家には薪ストーブもなく、冬は火鉢と、豆炭のあんかをいれた炬燵だった。木造の隙間風が吹き込む家屋だったけれど、寒かった覚えがない。
年末の今頃、母は赤ん坊をおぶって忙しく動き回り、小学校低学年の私と父は小さな炬燵に入り、
場所取り争いをしたのを思い出す。父は眠くなると、横になり足を炬燵の上にのせ独り占めにして、子供の私の居場所がなくなるのだった・・・。
ハイティーンになっても、暖房は火鉢と炬燵だった。さすが真冬の気温氷点下の夜は試験勉強で鉛筆を持つ手がかじかんでうごかなかったけれど、身体は母の縫ってくれた綿入れ(丹前)で寒くはなかった。火鉢に手をかざしかざしして試験期間を乗り切った。
あの丹前、真綿でくるんだ木綿の綿入れで、重かったけれど、暖かった。嫁にきて、子供ができても、綿入れの羽織を私や子供たちにも作って送ってくれた。綿入れの暖かさは、母の愛情の暖かさでもあった。
今、昔以上に暖かな暮らしをしているけれど、電気代やガス代におびえて、しんから暖まれない。
丁度妹からつきたてのお餅がとどいたので早速火鉢で焼いた。焼きながら、そんな昔の話を娘に話すと、わては、枕草子の、冬は・・・・、の文章を思ったと、おっしゃるのでありました・・・・!
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by babamama_123 | 2014-12-29 13:00 | 日々の記録 | Comments(2)

久しぶりに家族3人揃っての夕食になった。忘年会と豪勢にいきたいところだけれど、なんとなく気ぜわしく気が付くと外は真っ暗、寒風も吹いて、買い物にいくのも億劫になった。何にする?、と聞いても若者も年寄りもはっきりしない。結局冷蔵庫にあるもので済ませることになった。
主菜 手作り豆腐(市販の豆乳にニガリを入れて温めるだけ)
鍋にしたところ、お終いの豆腐というより汁が苦かった。
副菜 丸大根の葉の炒め煮(しらす干しを入れた)
柿なます(千切り大根に自家製干し柿の千切りと、千切り人参も少々。酢味砂糖抜き)
おつまみ 自家製からすみ(娘の手作り。ぼらの子が手にはいらなかったので、タラの子で)
からからに乾いてまあまあの味でした。
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他は、塩鮭の焼きものなど。鮭はあらのパックを安く手に入れてあったもの。
全体つましい食卓でした・・・

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by babamama_123 | 2014-12-28 11:50 | Comments(0)

来年に持ち越し

今年最後の絵画教室。少しでも前へ進めようと、背景に色を乗せてみた。壁に貼られたポスターの色を取り入れようと思いついたのだったが、人物は描かないほうがいい、と先生に指摘された。
ちょっと離れてみると、確かに人物はうるさく見える。石膏の口元が右下に下がりすぎて、いじけた表情になっているのも気に入らない。あれこれ考えると、お終いが見えなくなった。ポスターはすぐに貼り換えられるという。とりあえず写真におさめた。どうなることか・・・
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by babamama_123 | 2014-12-27 11:30 | かく | Comments(0)

年賀状


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12月21日は銅版画秋期講座の最終日だった。今季はお試しばかりで、ろくな作品が出来なかった。せめて年賀状くらいはと、最終日、早めに教室にきて刷り上げた。小さいのは、ドライポイント。もう一枚は、アクアチントのメゾチント風。あくあちんとは前回教室で腐食させてもので、家で仕上げをした。両方とも教室では刷りだけ。あくあちんとの様子がわからなかったので、刷ってみたら、ぼけた感じで、今一つという感じ。アクアチントでもメゾチントのかんじが出せる、と手がかりみたいなのが得られたような・・・

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by babamama_123 | 2014-12-24 11:39 | かく | Comments(0)

心に残る本


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めぐみちゃん 久保恵子
銅版画教室のTさんのお義母さまが出版された詩集です。Tさんが挿絵を描れています。小学校の先生だったお義母様の子供への暖かいまなざしが感じられます。このお義母さまに育てられたTさんの旦那様はきっと優しい方なんだろうな、Tさんの挿絵もとてもやさしくて、素敵な親子だと、幸せな気持ちになりました。
すぐそこのたからもの よしもとばなな
表紙の絵に惹かれて図書館で借りてきました。今は大人になってしまった息子の幼い頃の日々のエッセーです。自分の子育ての頃を思いだして、胸が痛くなりました。年の近い三人の娘に振り回されるばかりで、こんなふうに、子供の心中を思ったり、寄り添うゆとりもなかったなあ、後悔先に立たずですが。
夏天の虹 高田 郁
みをつくし料理帖の7巻です。一巻から借りたかったのですが、書架にあったのは、小夜しぐれ(五巻)とこの2冊でした。人気の作品だけあって、いついってもありません。予約して待つのもと、借り手余も増した。第七巻は山です。午前三時過ぎに芽が覚めてしまったので、続きを読み始めたら、止められなくなりました。胸を詰まらせて七時に読み終わり、朝ごはんの支度。その日はなんだか調子悪いなと思ったら寝不足だったんですね。十巻で完結。登場人物の、前はさておきこの先をよまなければ・・・。

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by babamama_123 | 2014-12-18 11:29 | 読む | Comments(0)

衆議院選挙

昨日、銅版画教室に向かうついでに、途中にある小学校で投票をすませた。
結果は知れているし、自分の一票はなんの効果もないとしりつつ、あえて、少数派に一票をいれた。
結果は予想以上に自民党の圧勝であった。これでいいのだろうか。多数決の原理もあったものじゃない、危機感を覚える。お先まっくらって感じ。ますます憂鬱になった。これで、憲法改正、消費税増税、自衛権、原発再稼働・・・等々するりと通るのだろうか。だいたい、「道は一つ・・・」、このみちをいくしかない、と声高らかに広言するところが気に入らない。せんたくの余地がないなんて、ひどいはなしだ・・・

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by babamama_123 | 2014-12-15 16:02 | 日々の記録 | Comments(0)

おしまいまで読んだ本

寒くなるにつれて、婆さんのこころにも重い雪雲がたれこめてなかなか気持ちが晴れない。じっとしていることもできないので、いつも通りうごいてはいるけれど、なにをやっても思い通りにならなかった。気をはらそうとあれこれ読んだけれど、おしまいまで読んだ本は三冊。「ネコのゆりかご」、「おかれた場所で咲きなさい」、「こころの力」。三冊にはなんの脈絡もなくう乱読もいいところだ。
「ねこのゆりかご」
文庫で2、三ページの短編からなるSF小説である。
広島に原爆が投下されたとき、その発明者である科学者は何を考え、何をしていたか?その科学者の伝記を書こうと主人公は思い立つ。科学者はすでに亡き人で、遺児を探し、訪ねるところからお話ははじまる。
原爆製造者の心境とネコのゆりかご、意味深長だなとよみはじめたのだったが、これは究極のナンセンス物語だった。それでも真実をついているところもあって、電車の中で吹き出しそうになるのをこらえてしまいまでよんでしまった。オカルト宗教あり、あやしげな国と、統治者あり、ユーモア(ブラック)というかだじゃれあり、とってもおもしろかった。読み進むうち、学者の伝記をかくという目的は消えて、主人公はあやしげな国の統治者にまつりあげられ、学者の発見したもう一つの業績、アイスナインで、主人公を含め、人類は壊滅する。ちなみに、ねこのゆりかご、というのはあやとりのことなのである。原爆が広島の上空でさく裂したその時、学者は、刑務所から送られてきた本を結わえていた紐でねこのゆりかごをつくっていた、とその娘は語った・・・・父親はノーベル賞を受賞はしたけれど、日常生活は無為無策の人間であった。
「おかれた場所で咲きなさい」
本屋さんでみかけて気になってはいた。二月ほど前、実家のあった千葉県に住む妹がそのほんをもっている、というので、貸して、と言うとすぐメール便でおくってくれた。
いわれていることはすべてもっとも、かくあるべきとおもうけれど、咲けない花もあるんじゃないの?とひねて考えてしまう私なのであった。私は、もはや、置かれたばしょで、しおれなさい、と受け止めるしかない。
「こころの力」
夏目漱石の「こころ」の続編を軸に、現代の生きにくさがかかれている。著者がいうには、凡人は、生きにくい世の中ではあっても、自死することはない・・・中庸であることで救われるというようなことが書かれていた。その箇所を読んだとき、半世紀前の大学の入学式で学長が「中庸」という言葉をくりかえしていたのを思い出した。中庸は中途半端ということではないかと、私は好きになれない言葉だった。
夏目漱石の小説はすきで、結構読んだけれど、こころ、だけはどうしても、おしまいまでよめなかった。
先生の心境についていけないというか、単純おばかな私には高尚すぎるというか、無理な話なのだった。秋口まで、朝日新聞に初版の形で連載されたので、すべて切り抜いてとってあるけれど、ところどころしか読んでいない。この本を読んで、もう一度挑戦しようかという気になった。
今、朝日は「三四郎」を連載中である。こちらのほうが面白い。野々宮さんが寺田虎彦のことらしいとしって興味倍増である。三四郎は、単純さにおいて、私に近いと思う。
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by babamama_123 | 2014-12-03 15:00 | 読む | Comments(0)