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8月の作品

日曜日、2週間ぶりに銅版画教室に行った。その2週間の間に、蔦の葉っぱをドライポイントで彫り、レンガの境目をよりはっきりさせようと磨いた。その結果は・・。彫が浅いのか蔦の葉にインクが乗らない。煉瓦の並びを変えたら窓ガラスと同じ大きさになってしまった。がっくり。もう少し頑張ろうか、どうするか考慮中。
月曜は今月さいごの絵画教室。描きたいものがないまま教室に行くと、玉ねぎが用意されていたので、それを描くことになった。一つの玉ねぎを向きを変えて描いてみた。はじめ鉛筆だけで描くつもりだったけれど、途中でパステルで色をつけることにした。
先生曰く、「今日のは、まあいいですよ」
これ褒められたのだろうか。いいほうに受け取ることにして、ちょっと気が晴れる。やったー!
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by babamama_123 | 2015-08-25 11:50 | かく | Comments(0)

Happy Birthday To Jiji


f0095745_222643.jpg今日 8月18日は老居人の誕生日である。誕生祝いは、週末に家に帰ってきていた娘と、近くのカフェレストランですませていたから、今晩は特に何もしなかった。誕生プレゼントも2週間ほど前、老居人の健康とボケ防止によいと、けん玉を購入して、少し早いけれど、と言ってさしあげた。が、老居人は見向きもしなかった。結局前からほしかった婆さんのもになってしまった。ケン玉は頭と体を使う優れものなのに。
週末の祝いの席で、娘が、お誕生日おめでとう、の乾杯をすると、老居人は至極ご満悦で、"これからや" と仰せられた。
それを聞いた婆さん、どきっとして、(えっ、何がこれからなの?まだなにをするつもり)と叫び声を、飲み込んだ。どっと疲れがでた夜であった。

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by babamama_123 | 2015-08-18 22:27 | 日々の記録 | Comments(0)

爺婆の食卓

猛暑が続いたせいか、食欲がない。夕飯時になってもお腹がすかない。なんだか胃がすっきりしない感じがする。何しろ毎朝3時半~4時に猫におこされるので、一日中やたらに眠い。夕方になるとそれがピークに達して瞼が自然落下してきそう。もう何にもしないで寝てしまいたいと思っているのに、老居人は、今晩の飯は何か、といいつつ冷蔵庫を探りに向かう。何もないとわかると、とたんに機嫌がわるくなるので、ばばはしかたなしに、買い物に行き、キッチンにたたつことになる。。出来合いを一品と冷ややっこにビールは欠かさない。ビールは月末近くなって、やむなく発泡酒に格下げにした。少し前は、発泡酒を出そうものなら、機嫌を悪くして飲まなかったけれど、今年は黙ってめしあがっている。少し大人になったのかな。
頑張って作ったものは、
f0095745_21472379.jpg鰯のアヒージョ
パプリカの甘酢漬け
エリンギとかぼちゃのオリーブオイル焼き+粉チーズ












f0095745_2148847.jpgキャベツの豚肉巻きフライ
ジャガイモの黒酢炒め
きゅーりとわかめの酢の物














f0095745_21484815.jpgかぼちゃとモロッコインゲン麩の炊き合わせ
小松菜と玉ねぎ、木耳、豚肉の黒酢炒め
冷や奴にモズク酢のせ

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by babamama_123 | 2015-08-17 21:32 | 食べる | Comments(0)

高校野球をみて追想

夏の高校野球大会が始まってから、TVは朝からつけっぱなしで、試合の実況放送を流している。老居人は、TVの前にどっかり座って、あるいはごろんと横になって、昼までTV画面を見ている。その間、体の向きを変える以外椅子の上から動かない。老居人がプロ野球を観戦しているのをみたことがないので、野球には関心がないのだと思っていたので、とっても意外に思える。時々、あーっ、とか、バカっとか言ってるのが聞こえて、見ると老居人は目をつぶって、眠っているようにみえる。すかさずチャンネルを変えようとすると、コントローラーをガッシとにぎりしめる。このところ気が付くと頭の中には始終応援の歓声と音楽、サイレンが混然となってじーじーという音がしている。その音と暑さで朦朧としているのか、甲子園球場に、まるで違うのに、子供の頃の夏の日の場面が重なってみえるようだった。
終戦から何年もたっていない頃である。私は東京の中野に住んでいた。L字型の細い路地の両側に、2軒長屋や平屋の一軒家の借家が20軒ほどならんでいた。私の家は二階建ての長屋だった。L字の曲がり角は50坪くらいの空地になっていて、そこは路地の子供の遊び場になっていた。いつ頃だったか覚えてないけれど、そこでごろ野球に夢中になって遊んだのだった。戦後まもないころで、路地には結構な人数の小中学生がいた。私の同級生だけでも5人、全体女子が多かった。じゃんけんで2チームに分かれ暗くなるまで泥だらけになって遊んだ。バットもミントもグローブもない。釘で地面にホームベースなどを描いて、ピッチャーはテニスボールのようなものを、ゴロゴロと転がして投げる。それをバットではなく手のひらで打ち返す。ゲームは野球のルールに従って行われる。とっても楽しかった。けれど、試合が進んで、日が暮れかかると、決まって喧嘩別れになるのだった。アウトだ、セーフだと言い争いから始まって、ずるをしたとかなんとか。口が立つのは女の子だったから、男の子は何も言えず怒ってゲームセット。しかしおもしろかったなー。あのころに帰りたい・・・・

それから十五、六年後、私は本物のバットを握ることになった。大学の新入生歓迎野球大会だった。各学年と教職員のチームで対戦する。新入生チームの私は野球をしたことがないから、とゲームに参加するのを断ったのだったが、バットは振らなくても、ボールにあてるだけでいいのだからと、K君に教えられ、結局バッターボックスにたつことになった。
K君は高校の野球部のエースだったとか。坂本九ちゃんにちょっと似て、野球選手らしく肩がいかっていた。
言われた通りにバットを横にもって出すと、ボールが当たって、少しだけ飛んだ。走れーっ、といわれて必死に走って、なぜか一塁でセーフ。確かその歓迎野球大会で、上級生や教職員のチームを抑えて優勝したのは新入生の学年だった。元野球部エースのK君の功績だったとおもう。
この春、クラスの一人から、訃報のメールが届いた。K君が病で急逝されたという。クラスのなかで一番のスポーツマンで、退職後も野球クラブの監督をしていたという。その彼が真っ先に大空に飛んで帰らぬ旅に出た。もともと少ない同期生の人数がへってしまった。
今年の高校野球の試合終了のサイレンは、今までとちがって聞こえる。
そろそろ私も旅の支度を始めなければ、と思った。

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by babamama_123 | 2015-08-15 14:02 | 日々の記録 | Comments(0)

爺婆の食卓

春先から、体重が増えて、食欲がないにもかかわらず、一向に減らない。夕方になると、象の足のようにくるぶしが太くなって、痛いような感じがする。夫がかかっている病院について行ったついでに、自分も診てもらった。浮腫みの原因をしらべなければと、血液検査、レントゲン、心電図、尿検査を受けた。レントゲンと心電図はすぐに異常なしと結果が出た。一週間後の金曜日に血液検査の結果を聞きに行ったところ、心機能と腎機能の低下がみられるけれど、ほかはいじょうなしということだった。しかもこのていどでは薬をだすひつようがないということだった。ただのみずぶとりですよ、っていわれたみたいで、なぜかがっかりする婆さん。心の奥で、お大事に、といわれるのをきたいしていたのかもしれない。先生がお大事にといったのだから、と家事をほおておけるのに。ちょっと残念。これでは食べたくなくてもつくらなければならない。
最近はビールを飲むので、爺様は別として、お米はたべないことにしている。体重は自分で決めた上限をかろうじて超えなくなった。
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キャベツと木耳、人参、ひきにくの甜面醤炒め
那須の甘酢あん、もずく(きゅうりいり)
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木耳、卵、小松菜、玉ねぎの黒酢豚

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by babamama_123 | 2015-08-11 17:42 | 食べる | Comments(2)

猛暑なので

先週下準備した銅板に、家で大まかに絵を描いたので試し刷りをしようと、日曜日、銅版画教室に行った。モチーフは舞鶴の赤煉瓦建物。レンガの微妙ないろの違いがアクアチントでだせるかもと期待した。煉瓦をバックに、つたの緑とポストの赤が濃く出るようにと、汗をながしながら削ったのだけど・・・。試し刷りの結果は想定外のできの悪さ。この2週間で修復できるだろうか・・・。がっくりしたけれど、夕方、中日の打ち上げで大いに飲んで、食べて喋ったら、大分気持ちが軽くなった。
翌月曜日は絵画教室。八月の初日になるので、思い切って出席した。冷房の効いた教室で、5、6人の方々がそれぞれ制作をつづけている。私は、もう何を描いていいのか考えることもできなくて、せんせんしゅうと同じ透明な箱を鉛筆でデッサンすることになった。先々週はアクリル製の箱の上に水を入れたガラスのコップを描いた。箱はまだしも、こっぷの色が黒すぎるというご指摘だったので、今回は固い鉛筆を持っていったのだったが・・・。箱の形が取れなくて苦心しているうちに時間きれになってしまった。透明なものって難しい。よく見てください、透明でもいろがあります、先生はおっしゃるのだけど・・・
結局どれもうまくいかなかった。ぜーんぶ暑さのせいだ。しかしすずしくなったらかけるだろうか・・・。最近、「心頭を滅却すれば火もまた涼し」というのと、頭に手ぬぐいを巻いて受験勉強をしたむかしむかしの夏の日々を思い出した。どう工夫しても全然涼しくならなくて、勉強どころではなかった。その報いで今の私がある・・・。夏はきらいだ。あと何回耐えねばならないのか・・・・

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by babamama_123 | 2015-08-11 16:39 | かく | Comments(0)

雄琴温泉と熱中症

旅館から琵琶湖を望む(上夕方、下朝)。右端に琵琶湖大橋
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暑い、暑い、暑い。もう暑いという言葉しかでない。
この暑いさなかに、婆さんと爺さんは、雄琴温泉に一泊2日で出かけることになった。10日前に娘が予約をしてくれたのだ。旅行会社に勤める娘はなんでもポイントがたまって、月末までに予約しないと何万円がふいになるとかで、近場の雄琴温泉の予約をしてくれたのだった。往復の旅費といってもいくらでもないのだけれど、それ以外は一切娘が支払ってくれた。なんという親孝行な娘であることか。同伴者に不服があるけれどよろこんでいくことにした。
八月四日、三日続きの猛暑日で朝から暑い!昼少し前、ニュートンをペットホテルに預けその足で京都駅へ向かった。京都駅11時30分。昼ごはん時である。どこかでランチを考えていたら、爺さん、新福菜館でラーメンを食べる、と言ってきかない。婆さん、らーめんなんか食べたくない!。それでも冷やし中華あるならと、譲歩したら、ある、いうので、烏丸口から10分近く歩いて行ったのだった。しかし、冷やし中華はなかった。しかたないので、もやしの上に焼き豚の乗ったつき出しを食べた。爺さんは大モリラーメンにビール大瓶を召し上がって至極ご満悦。かえりは爺さんの忘れ物を探して少し余計に歩いて、13時11分だかの湖西線に乗った。1日で一番暑い時間に、日傘をさして、我ながらよく歩いたとおもう。爺さんより若干年若いので、その時はなんともなかった。
ところが、夕食がすんで、おふろに入って、床について、2時間?強烈なこむら返りがきた。今回はふくらはぎではなく両方の太ももの付け根から痛みが走った。悪いことに和式の布団である。起き上がることもできない。ツムラ68番の薬をとりに両腕で這って、いこうとしたのだったが、たった数歩で力つきた。いびきをかいてる爺さんをおこしてとってもらった。68番はほんとうによく聞く。1、2分炎症がおさまるのを我慢してたら、痛みが引いた。一時はどうなるかと思った。翌日、爺さんとは京都駅前で別れ、婆さんが、ぺっとほてるにより、ニュートンを連れて家にかえったのは3時過ぎ。もうなにもしたくなかった。夜、爺さんのご飯も作らず、自分はなにも食べずにねむってしまった。熱帯夜なのか、不快な汗が止まらない。頭も痛い。胃も痛い。これ熱中症かも。体重が1キロ減った!

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by babamama_123 | 2015-08-07 16:04 | 歩く | Comments(0)

70年目の平和記念日

広島に原子爆弾が投下されて70年たった。広島の惨状を始めてしったのは、投下されてから3、4年たった小学校低学年の頃だった。出版されたばかりの「原爆の子」を母が買ってきて、読むように勧めた。細かい字が沢山ならんで正直読みづらかったのと、反抗期で読めといわれると、読みたくなくなる性質で、母の前では読まなかった。それでも、おぼろげにおぼえているところから読んだと思う。小学生から大人までの被爆経験者の手記だった。"ピかドン"という言葉が何度も出ていた。
それから40年後、夫の転勤で広島にすむことになった。原爆ドームから西に10キロくらいの西広島古江である。歩いて5分もしないところに子供たちの通う小学校があり、その当時(34,5年前)でも、校庭を掘ると人骨がでると噂されていた。
平和祈念館を訪れたのはその時だったか、二度目だったかはっきりしない。20代の終わりに修学旅行の引率で来たようなきがする。そのときの展示内容が強烈で、言葉うちない。
軍人でもなく戦争に加担したわけでもない、一般の市民の生活が一瞬のうちに人の手で、煙になって消えてしまった。生き延びた人々も放射能の後遺症で苦しんだ。何万人もの人間が殺戮されても戦争だからと、罪に問われない。理不尽の極まりだと思う。
今年の平和記念日で、我が国の総理大臣は非核3原則にふれなかったとか。ヒタヒタと押し寄せる波の音が聞こえるような・・・

雪崩の時 石垣りん
人は
その時がきたのだ、という

雪崩の起こるのは
雪崩の季節がきたため と

武装を捨てた頃の
あの永世の誓いや心の平静

世界の国々の権力や争いをそとにした
つつましい民族の冬ごもりは
色々な不自由があっても
また良いものであった

平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなった日本の国土に
粉雪のように舞い
どっさり降り積もっていた

私は敗れた靴下を繕い
編み物などしながら時々手を休め
外を眺めたものだ
そして ほっと、 とする
ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
世界に覇を競う国に住むより
このほうが私の生き方に合っている
と考えたりした

それも過ぎてみれば束の間で
まだととのえた焚木もきれぬまに
人はざわめき出し
その時が来た、 という

季節にはさからえないのだ、 と。

雪はとうに降りやんでしまった、

降り積もった雪の下には
もうちいさく 野心や、 いつわりや
欲望の芽がかくされていて
"すべてがそうなってきたのだから
仕方がない" というひとつの言葉が
遠い峰のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそって
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に広がってくるのが
それがちかづいてくるのが

私には聞こえる
私には聞こえる。

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by babamama_123 | 2015-08-06 14:21 | 日々の記録 | Comments(0)

爺婆の食卓

銅版画教室の帰りは、高島屋の地下にある八百屋さんに寄ることにしている。先週の日曜に生のきくらげが1パック100円で売っていた。100グラムはあるだろうか。結構な量である。早速きくらげと豚肉のオイスターソース炒めにして食べた。とってもおいしかった。こんどは木耳だけの甘辛煮も食べてみたいと思って、探したら今週は入荷しなかったとのこと。次回見つけたら2パック買って冷凍保存しようと思った。
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上は万願寺とうがらしにすし飯をつめたもの。NHKあさいちごはんで紹介されていた。

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by babamama_123 | 2015-08-02 14:08 | 食べる | Comments(0)

7月末の本

f0095745_14610100.jpg図書館に予約した本が、次々と回ってくる。返却日まで余裕があるけれど、大急ぎで読んだ。「その女アレックス」、と「サーカスの夜に」。いずれも半年近く前に予約した。アレックスは新聞の広告で絶賛されたいたサスペンス、サーカスは、作者が好きなので借りた。
サスペンスは、非常にえぐい描写が続いて読めないな、と思いながら、何故そこまで、と引きづられて最後まで読み通した。最後にやっと自分の疑問が解けたものの、あまりにも悲惨な話で女性読者にはつらかった。続けて「サーカスの夜に」を読んでいくぶんきもちが癒された。
まったく偶然なことに、この二冊の主人公は、12,3歳の少年の身長しかないのである。アレックスに登場する刑事は50代?だったか、母親の喫煙嗜好で小さく生まれた。サーカスの夜にの少年も病気で12歳で体の成長はとまってしまった。とはいえ、小さいということが、物語に大きな影響はおよぼしてはいない。

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by babamama_123 | 2015-08-01 13:42 | 読む | Comments(0)