命の洗濯

f0095745_2040366.jpgおじいさんは、香港に、おばあさんは街に洗濯に行きました。
今朝早く、爺さんは格安ツアーで香港に旅立ちました。今頃は中華料理をたらふく食べ、老酒に酔いしれていることでしょう。帰国は6月2日。ばあさんにとってありがたい休息の3日間になります。初日の今日は昼から街にくりだしました。四条烏丸の角に立つcoconからすまの地下にある中華料理店で、飲茶たべほうだいをお腹がはちきれるほど食べました。昼のサービスメニューで一人3000円。今日は娘にご馳走になりました。娘とは烏丸で別れ、ばあさんは腹ごなしに四条通りをテクテク散策しました。次の版画の題材を探しに、木屋町通りか、祇園あたりをスケッチする目的がありました。けれどあまりにも人通りが多くて、どこをどう描いたらいいのか途方に暮れて、疲労と挫折感にうちひしがれて河原町駅に向かってとぼとぼ歩きました。河原町駅のある高島屋が目の前に近づいたころ、イヨマンテ~の歌声が聞こえてきす。。歌声にむかって行くと、阪急デパートの前でコンサートが開かれている最中でした。前半が丁度終わったところでした。大勢の人が歌手を囲んで立っているので、ばあさんも後ろで歌を聞くことにしました。
アメイジング・グレイス、みあげてごらん、千の風になって、泣かないお前(カンツオーネ)が次々披露され、テノールの声量に圧倒されました。しばらく夢心地です。本当に命が洗われる思いでした。
 テノールとヴァイオリンは山中雅博氏、ソプラノ、岡田佳子さん、伴奏(キーボード)増田敏子さんでした。”四条賑わいストリート”とのコンサートは毎土曜日、四条通りのどこかで開かれるそうです。来週の土曜は大丸の前で、山中氏が歌われるとか。又聞きに行こうと思います。

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# by babamama_123 | 2009-05-30 20:40 | Comments(4)

初かつお

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目に青葉山ほととぎす初がつお(山口素堂)
スーパーの魚売り場にかつおが並ぶようになりました。昔(三十年以上前)、高松に住んでいたころは、この時期、魚屋さんからかつおを一本買って、自分で3枚におろし、わらがないので、ガスこんろで、金串にさしたかつおをあぶってたたきをつくったものでした。最近はそんな手間をかけなくても、お店にたたきが並んでいます。婆さんもできあいのたたきを買って本日のメイン料理にしました。
1.かつおのたたき
   かつえおを刺身にして、水切りした木綿豆腐の上にのせる。
   その上に、しょうがのみじん切り、茗荷の千切り、大葉の千切りを散らす(夫々冷水であく抜きをする)。ポン酢又は醤油、ごま油入り醤油など好みの調味料をかけていただきます。爺さんは大蒜のすったのをどっさりかけて召し上がりました。・・・・
2.アスパラガスの炒め物
   アスパラガス、シメジを下茹でする。
   フライパンにオリーブ油をいれ、一口サイズのベーコンをいため、下茹でしたアスパラガスとシメジを加えさっといためる。塩コショウを適当にふって出来上がり。婆さんの大好物の一品です。
3.バンバンジー風サラダ
   鶏の胸肉がのこっていたので、水から茹でます。塩、酒、ベイリーフ、ローズマリーが冷蔵庫の隅にあったので、加えました。沸騰して2,3分後に火を止め、鍋にふたをして冷めるまで待ちます。
冷めたら、手で細かく裂き、野菜の上に載せます。今回は燃やしときゅうりが残っていたので、もやしは茹でて、きゅうりは斜め千切りにして、その上に裂いた胸肉を載せました。ゴマドレッシングをかけていただきます。ハーブの香りが効いて、中華でもなく、洋風でもなく妙な味になりましたが、結構おいしかった。
4.鶏の茹で汁で、若布スープを追加
 我が家のアラフォーさん、最近頭に白いものを発見して、大騒ぎ。若布は黒髪のもとと信じているらしく、ご要望に答えて、若布どっさりのスープにしました。塩とお酒、胡椒で味をととのえてあります。

今回もすべて完食。大皿はきれいにからっぽです。空っぽになってから、マロンにかつおをあげなかったことに気がつきました。まろん ゴメンね。

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# by babamama_123 | 2009-05-12 12:34 | 食べる | Comments(2)

銅板画5月10日の作品

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kitchen wedding
 エッチング、アクアチント
 12.8×17.8cm


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五月の風 セピア版
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# by babamama_123 | 2009-05-12 12:01 | かく | Comments(2)

図書館の新しく購入した本を置いてある棚に、赤い表紙の小さな薄い本を見つけた。大木実の詩集「きみが好きだよ」、である。「きみ」は著者の妻。大木実は徴兵で戦地にいっているから、私達の親の世代だと思う。ネットで調べると、1913年生まれ、1996年没とあった。
 婆さんが若いころ、日本は大半の人々は貧しい暮らしをしていた。婆さんの家も、子沢山だったから、食べるのがやっとのその日暮らし。それでも貧しいとは思わなかった。周囲も似たような暮らしだったから、自分達が貧しいということさえ知らなかった。今はその頃と比べようもないほど豊かになった。それなのに、いつも何かが足りなく、どこかが欠けている気持ちになる。大木実の詩を読んで、自分が大切なものを、失くしてしまったことに気がついた。
    朝
  わたし達の小さな部屋で
  わたし達のはじめての夜があけた朝
  おんなは起き出して味噌汁をつくっていた

  旅にも出ず
  ひとの訪れもなく
  ふたりで向かい合った貧しい朝餉 そして昨夜
  まだお互いに名も呼ばず
  おんなもわたしも涙を耐えていた

  その朝も
  いつもの朝のように
  わたしは勤め仕事へ出て行った

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# by babamama_123 | 2009-05-07 18:22 | 読む | Comments(0)

供養

大型連休最後の日である。爺婆には祝日も休日も、連休もない。いつものように朝遅くに起きてきた爺さんは、退屈そうにTVを見ていが、昼過ぎになって、なにを思ったのか、家の外回りを片付け始めた。玄関先の駐車場の壁際は、爺さんのガラクタが山積みになっている。それを片付け始めたのだ。爺さんの様子を見ていた娘が、窓の下を指さして、猫のミイラがある、と言った。見ると、確かに子猫の形をしたものがコンクリートの上によこたわっていた。爺さんは、とらや、と言うが、それは半年にもならない子猫の遺体である。三毛子の子供にちがいない。
 三年以上前、野良の三毛子はどこかで4,5匹の子供を産んだ。子猫が大きくなって歩けるようになった時、三毛子はその子供達をこの駐車場に引き連れてきて、わたしの子供達を見て、といわんばかりに、窓を見上げた。たしか寅雄がいなくなる前年の春先だった。白いのやら、黒いのやら、きじやら、色とりどりで、お乳が十分たりていたのか、ころころしていたのを覚えている。そのころ、家の近辺を、寅雄によく似た柄の猫が少なくても3匹はうろついていた。寅雄がいなくなると、その中で顔が大きくて、寅雄に一番よく似たのが三毛子を連れて家の玄関に入って我が物顔にくつろいで寝ていた。私達は内々でトラ次郎と呼んでいたが、それが三毛子の亭主に違いない。
三毛子は子猫を引き連れて、数日通ってきた。家には寅雄がいるし、それに狭小住宅である。4,5匹もの子猫を飼うわけにはいかない。どうしよう、と手をこまねいているうちに、子猫は急に全部いなくなってしまった。ホットする一方、罪悪感が残って消えなかった。
窓際のコンクリートにあったのは多分その中の白い子猫だろう。ミイラというより魚の干物に近い。寅雄もこんな風にどこかで干からびているのだろうか。寅雄の身代わりだと思い、家の植え込みに手厚く埋葬した。合掌

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# by babamama_123 | 2009-05-06 15:49 | うちの仔たち | Comments(2)