銅版画冬の3作目

椿姫を3枚刷った。今日は銅板のまわりをほぼ同じ厚さの塩ビ板で囲って絵の具を載せた。囲いの板の上に堅いローラーを乗せて転がすと、うまい具合に凹部にインクがのらない。これはうまくいったのだが、肌色の工夫が足りなかった!肌の部分はインクをのせず、亜麻仁油だけ塗っておけばよかったと、後になって気がついた!けれどこの作品はこれで終わりにする。失敗も経験の内?になるといいのだけれど。
先々週、何かの話でオカリナに興味があるといったところ、教室の重鎮Kちゃんがご自分のを持ってきて、わたしにくださった。何年前か覚えていないけれど、洛西の野鳥園でオカリナの演奏を聴いてその涼やかな音色が忘れララれない。去年はペルーのコンドルわとんでいるを、生で聴いた。あれもおかりなっだったような。オカリナ吹いてみたいなとおもっ調べたら結構高かった。今は無理しないでおこうと断念した。
図書館にいったついでにオカリナの基礎教本を借りてきた。音はでるのだけれど指使いが難しい。楽曲をふけるようになるまでどのくらいかかるだろう。先ずは指のリハビリに励もう。
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# by babamama_123 | 2018-02-20 11:51 | Comments(0)

じじばばの食卓ー2月

野菜の高値が続いている。青菜1束300円、白菜、キャベツは4分の1カットで200円弱。安定しているのはもやしに玉ねぎくらい。近くのスーパーでは日替わりで野菜の特売をしている。いつだったか国産ブロッコリーが150円とでていたのでゆうがた買いにいくときれいになくなっていた。午前中で売り切れた。それ以来特売の品はできるだけ早く買いにいくことにした。
夕食の献立を考えるのが面倒になって最近すーぱーのおかずを1品入れたり、かなりずぼらな食事をしている。これではいえないと老体を奮い立たせて(震いたたせて)なんとか献立を整えてみた。
2月×日
 ・豚肉と厚揚げ玉ねぎの生姜甘辛炒め
 ・ぶろっこりーとツナのゆずポン酢和え
 ・白菜とネギ、とりにく、春雨のスープ
 
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2月×日
 ・サヤインゲンのサラダ(上沼恵美子のおしゃべりクッキング2月15日)
 ・あつあげと玉ねぎのチリコンカーン味)
  レトルトのチリコンカーンを使った
 
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# by babamama_123 | 2018-02-15 19:14 | Comments(0)

リハビリ始め

身体のあちこちに衰えが目立ってきた。昨年の秋頃には膝頭が痛くてしゃがんだら自力では立ち上がれなくなった。爺さんのケアマネージャーが来宅していたときに、私がリハビリのデイサービスをうけたいくらい、とつぶやいたら、奥さんも介護保険の認定どうですか、と進められた。近くの病院で審査のための診察を受けて申請してもらったところ、先月要支援2認定が降りた。早速リハビリのデイサービスを申し込んだ。本当は爺さんにいってもらいたいところなのに、でいさーぶづというとこれなですべて拒否してきた。私もいくのだからと渋る爺さんも申し込んで週1回一緒に通うことになった。昨日はその初日。体験日の時は男女半々位だったが、昨日は8人のうち男性は爺さんだけ。そのせいかどうか、爺さん少しだけ体を動かしていた。イケメンの介護士のかたが今日は表情も柔らかで運動に参加してますね~良かった~と言われた。やれやれた。1時半から4時半まで。間に休憩があるけれど、結構な運動量で、今日は脚の筋肉が少し痛む。
さらに頭のほうの衰えも激しくなった。ある時、いつも書いている画数の少ない漢字がどうも違ってるように感じた。普段文字を書くということがほとんどなくなっている。言葉を文字で伝えるのにすべてキーボードを打ってすませているからだ。漢字変換されたのを確かめることもなくMAILやライン、ブログに送信してきた。これではいけないと脳のリハビリをかねて文字を書くことに決めた。朝爺さんが起きてくるまでの間に朝刊の気に入った記事を少しだけ書き写す。きれいに書くことより正確二書くことを目指している。続けていると、いかにいい加減なもじを書いてきたかと気づいて愕然とした。
いつまで続くかわからないけれど、少しでも衰えの傾斜を緩やかにできたらなー思う。
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# by babamama_123 | 2018-02-08 09:11 | Comments(0)

2月の作品(未完)

油彩画 追憶のマロン
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 これで完成にするつもりだったが、目が生きてない立体感がないと先生に指摘され次回に持ち越すことになった。
 言われるまでもなく、これはマロンの目ではないと解っていた。マロンは空色で澄んだ目をしている。アーモンド型でいつまでも子猫のような愛くるしさを残していた。何度も筆を入れたけれどなかなか思うようにならない。限界だと思った。
銅版画 マルグリット・ゴーチェ
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 こりずにまた1版多色刷り。
 始めは季節柄椿の花にしようとおもったけれど、昨年の今頃椿の花を描いて失敗したのを思い出した。それでも椿には何故か惹かれる。ちょっと変えて椿を持つ人物を書こうろ下書きを書いてるときに椿姫にしようと思った。けれど歌劇や小説にあるのはしっていたけれど、観ても読んでもいなかった。これはまずいと図書館にいったらなんと貸し出し中だった。それでインターネットであらすじを調べた。椿姫と呼ばれる女性の名は、マルグリット・ゴーチェといってパリの高級娼婦なのであった!それだけでもびっくり!
詳細は省くとして、本当は純粋な心の持ち主で儚い命であったマルグリットをイメージして描いたつもり。
これは試し刷り。
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# by babamama_123 | 2018-02-05 13:28 | Comments(0)

雪ん子

寒波襲来!明日この冬一番の寒波が日本列島を襲うらしい。
今日は銅版画教室2回目。一級の寒波が近づいているというので極暖の下着をつけて教室に向かった。
昨日娘が贈ってくれたものだ。持っているヒートテックのものより格段に暖かい。ホカロンを付けているような暖かさである。感謝感激!
冬の1作目は雪ん子。
赤い綿入れの半天に、紺絣のもんぺをきて藁の帽子と靴を履いている。手に持ってるのは雪兎。
描きながら遥か昔を思い出した。
昭和20年3月東京大空襲のその日幼い私は妹をおぶった母と祖母と父の4人で東北線の列車に乗って岩手県の山村に疎開するところだった。ホームいっぱいにカーキ色の服を着た人たちと列車ののり口から人が溢れる程の混みようだったのを覚えている。父は私を窓から車内にいれ大人たちはあとから人をかき分けて乗ってきた。
私がおばあちゃん!ここあいてるよ、と叫んで座っていた大人をどかしてしまった、本当に恥ずかしかった、とずっと後になって母がいった。
疎開先は父の遠縁にあたる家で奥羽山脈の山の中にある農家だった。父は私達を預けるとすぐ東京に戻った。
疎開先で藁を綯ってひもを作ったり、それで草履をつくったりしたのをかすかに覚えている。
終戦後しばらくその農家に止まって、東北の雪深い冬を過ごした。
母は
1歳をすぎた妹の面倒を私に託して、祖母の世話や家事に忙しかった。
私がちょっと目を離した隙に妹は囲炉裏に落ちてしまった。その時の火傷あとは眉毛のあたりにいつまでも残っていた。雪の中藁沓をはいて母とやけどの薬を買いに出かけた。歩くと雪が溶けて足にしみこんでくる。冷たいのとしんどいのとでぐずぐずいって叱られた記憶がある。
箱そりで滑り降りたり、楽しかったことも沢山あった。
1年弱の山村の暮らしは昔話の風景そのままだった。
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(塩ビ板にドライポイント
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# by babamama_123 | 2018-01-21 20:37 | Comments(0)