猫を祭る

爺様の長年の愛読誌は、某夕刊2誌である。入院してからも、婆さんや娘に命じて某2誌を買って来させ欠かさず読んでいる。似たような、お品のない新聞を2誌も、毎日買わされるのだから、たまったものではない。1誌130円、日曜は休刊なので、月24回。260円×24=6240円。結構な額である。婆さんは、長年毎月6280円を捨ててきた。いっそのこと爺さんも新聞紙ごと捨ててしまいたいと何度思ったかしれない。
手術を翌日に控えた日、爺さんから写メが送られてきた。某夕刊紙の記事を写したもので、3回に分けてあった。読書案内で、千田佳代著”猫を祭る”の書評だった。入院中の爺さんは、猫はどうしてると、マロンのことばかり気にする。マロンは入院した初めのころは爺さんの部屋の前で泣き叫んでいたが、今ではいないのがわかったのか、婆さんのおひざまっしぐらである。写メを送ってきたからといって、その本を読みたいというのではなかった。書評を読んで読む気になったのは婆さんのほうである。街中の書店に出向いて早速買ってきた。 著者は後期高齢者で、独身。10代の時、空襲の機銃掃射を受け複雑骨折し、右足人工股関節の3級身体障害者である。年を重ねるにつれて、訪れる人も少なくなり、外出もままならず、会話のない日々が続く。そんな時に住居の周りで野良猫の親子を見つけ、その内の1匹、ブスと親しくなる。借家で、大家さんの子供は動物の毛のアレルギーと聞いて、家の中で飼えない。こっそり外で餌を与えているうちに、ブスと会話をするようになり、ブスも夜毎家のベランダに通ってくるようになる。それでも「猫と男は家の中にいれてはいけない」ことになっているからと、飼い猫にすることはなかった。しばらくぶすの来ない日が続いて、ある雨風の強い日、”わたし”の家にやってくる。ブス、おいで(と言ったか?)と呼んでも、ブスは離れたところでわたしをしばらく見つめ、去っていく。その数日後、イチゴを持った人がわたしの家に来る。ブスの飼い主で、昨日雑木林でブスが死んでいたのを見つけたと言った。ブスをかわいがっていただいてと、イチゴを持ってきたのだった。ブスは近隣の家を訪ねまわる人気者だった。病死だった。
 その後姪の飼い猫であるアビシニアンの雄ナイルを飼うことになる。家は引っ越して座間市に移った。月に一度厚木基地から飛ぶ軍用機の爆音に十代の記憶がよみがえり身震いする。ナイルはなかなかなつかなかったが、4年たった現在、わたしの布団に入り、わたしの後をいつもついてまわるようになった。ある時わたしは気がつく。猫の4年は人間の16年。わたしもナイルも老いたと感じる。ペットロスを恐れて、野良の子猫を拾いそだてようとしたが、ナイルの激しい嫉妬にあい、子猫は姪の家の外猫として飼ってもらうことになった。 わたしは俳句をしている。季節の変化や自然の描写が簡潔で決まっているのがよかった。独身をとおしたため、人生の片面しかしらないと嘆き、子を産み、育てることに未経験で、子猫のしぐさに戸惑い、自分の生い立ちも語られる。
表紙の帯に、・・・人生の根源に触れた哀しみと孤独が匂い立ってくる・・・・と書かれているが、婆さんは、それを超越した、静かで穏やかな著者のたたずまいを思い浮かべた。
 表題の”猫を祭る”は、中国の詩人、梅堯臣、の詩からとられた。本の初めの方に、猫を祭るの詩が紹介されている。

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by babamama_123 | 2010-01-17 13:59 | 読む | Comments(0)