病棟の春ー2

その夜は、何年ぶりかによく眠った。目を覚ますと窓が明るくなっていた。昨日までは、マロンに舐められ、耳をかじられて起こされ、渋い目をあければ窓の外は夜明け前で、空がようやく白み始めたところだった。隣のベッドも奥のベッドもカーテンに囲われて動きがない。そっと起きて窓のカーテンを少し開けると、西山は朝日を受けて小金色に輝いていた。窓の下は広い駐車場で、その向こうの道路を隔てて病院の寮がたっている。駐車場はからっぽで、道路を渡って来る人の姿も見えなかった。
洗顔は7時から、ということになっている。ベッドの上で目をつぶってしばらくすると、看護師の廊下を歩く足音がして、病院の空気が動き始めた。お茶が配られ、朝食が配られ、続いて担当医の回診が始まった。部屋はすっかり明るくなって、にぎやかになった。
 他の患者たちが朝食を終わったころ、私のところにも看護師が見えて、午後からの手術の準備を始めると、詳しい説明があった。午後一番に手術室に向かうから、今のベッドを明け渡さなければいけないという。入院に必要な衣類や、タオルなど一式全部をいったん家にひきあげなければならない。見晴らしのいいベッドが与えられてよかったと思ったのに、術後はどこの部屋に入るのかわからないと聞いてがっかりした。
昼に、夫と娘が来た。夫は三月前まで同じ病棟の3階に入院していた。丁度この部屋の真下あたりだったという。勝手しった我が家のように、看護師に大きな声で話しがら、あいかわらず楽しげでにぎやかだった。配偶者の病気を心配している気配も見えない。二人は手術がおわるまで、同じ階の食堂で待つことになっている。
 正午過ぎ、手術室に移動する、と知らせが入った。隣のベッドのHさんと、廊下側のTさんの、「頑張ってね!」、のエールに送られて、ベッドごと動かされた。廊下の白い天井が後ろに流れて、エレベーターに乗り、手術室の中に吸い込まれた。それから手術着に着替え、点滴の注射器を刺され、麻酔の薬を注射され、それから先は何もわからなくなった。

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by babamama_123 | 2010-06-09 14:57 | かく | Comments(0)