病棟の春ー5

「今、ナースセンターにTさんのあこがれの先生がいらしてるわよ」
Hんの声がして、Tさんが病室を病室を出て行った。
私は、「あこがれの先生」に興味を覚えて、Hさんに先生の名前を早速聞いた。
「M先生とおっしゃるのよ。」
TさんとHさんの執刀医で、とてもハンサムでTさんは夢中なのだという。
M先生の苗字が素敵だった。私も会ってみたいと思った。数分して戻ってきたTさんは、握手してもらってきた、と喜んでいる。その後そっとナースセンターを覗いてみたが、白衣の後ろ姿が数人見えて、どれがM先生なのかわからなかった。
 朝の回診が始まった。2,3人の看護師と、男女の医師二人がTさんとHさんの診察にきた。私は男の先生のお顔を横目で負った。中背で、40歳前後くらいの若い先生だった。低い声で、患者の様子を丁寧に聞いている。ハンサムといえば、そうなのかもしれないが、私の担当医のS先生も、感じが似ている。S先生は、TさんやHさんの診察中に、単身、ふらっと現れて、「どうです?痛みはありませんか。」と笑顔で言い、お腹を診て、「腸はちゃんと動いてます」といい、又ふらっと消える。HさんやTさんにくらべると、実にあっさりしたものだった。
回診の後、「黒目が大きくて、素敵でしょう」とTさんが言った。それから、M先生に限らず、この病院の外科医はみんな若くて、いい顔をしている。厳しいしごとがそういう顔をつくるのだろう、などと話した。
しばらくして、食事が始まった。重湯から、三分粥、5分粥、ご飯となる。小さなお茶碗に入った重湯も全部は食べられない。半分もたべると、お腹がつかえるほど苦しくなった。これから半年から1年近く、普通の食事はできない。手術前にもっとおいしいものを食べておけばよかった、後悔した。楽しみが一つずつなくなっていくと思うと悲しくなる。
私が五分粥になったころ、Tさんも重湯の食事が始まった。その夕方、「もうええねん」と、Tさんが私のベッド横に来て言った。Tさんは、しばしば明るい私のベッドサイドに来ては窓の外を眺め、しゃべる。ベッドの上も窓の外も西日に照らされてまぶしいくらいに明るい。
「さっき、おもいっきりぎょうさんおししいお寿司をたべたんよ。その後のデザートはケーキがどさり・・」
「もうひとつたべよう思うた時に目が覚めた」
Tさんはお寿司とジェーきを食べた夢を見たと言った。夢の中で十分に味わったという。
病院の食事も十分おいしい。とりわけお米はとてもおいしい。十分満足してい、お寿司と聞いて、自分も急に食べたくなった。回転寿司ではなく、具の厚いお寿司屋さんのお寿司を食べたくなった。入院する前に食べておけばよかった。
 私は朝の食事が終わると、昼は何か出るのか、昼が終われば、夜の食事は何か、と頭の中は食事のことけしかないのだった。病院の食事だけが楽しみだった。
 おかゆからご飯に変わった時、S先生が回診に来て、「もういつでも退院できますよ。土曜日にしますか」と言った。今退院すれば、その日から自分で食事から、家事全部をしなければならない。自宅でしばらくの間でも療養するなんてことはできない。夫も猫も犬も手ぐすね引いて私の退院を待っている。頼みの娘は働き出て家にいない。家の者達の餌やりは私の務めだとみんなあ思っている。帰ればすぐ動かなくてはならないから、と退院を数日延ばしてもらった。が、病室を変わることになった。
 病室が変わる日、Hさんは外泊が許されて、自宅に帰ることになった。Tさんの向かいのベッドは、手術で空いている。Tさんが一人残された。
 4月半ば過ぎ、病棟脇の桜は葉桜になり、遠くの八重桜はピンクから紫に変わっていた。私は明るい病室から、別棟の産科病棟に移った。廊下側の暗いコーナーだった。
そこに3晩いて、退院した。風の強い晴天だった。日差しが強く、春は名残もなかった。

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by babamama_123 | 2010-06-15 13:19 | かく | Comments(0)