秋刀魚

先日、秋刀魚のことを書いた面白い随筆を読んだ。秋元不死男(俳人1901~1977)の「秋刀魚」である。興味を持った箇所を抜粋してみた。
  
   しかし、さんまのうまさは何といっても塩焼きに限る。焼きたての熱いのを柚子と大根おろしで食べる。あの味はたまらない。腸わたのニガ味が舌の上で溶ける後味は、えもいわれない。

   サンマが庶民的な魚だといわれるのは、安いからという理由によるが、料理や食べ方が無風流なので一層、庶民的な魚になっているように思う。

   たらたらと脂が火に落ちて、ジュンジュン音を立てている勝手の風景は、これもサンマらしい。勢いよく焼けるサンマは、目には華やかだが、その潔ぎよい焼かれっぷりが却って感傷的だといえなくもない。イカが焼けて身を反らすのはユーモラスだが、サンマはいつも業火を浴びて目鼻もわかず黒焦げになる。その悲壮じみた焼かれ方が却っていささかの感傷を誘うともいえるようだ。

 去年は不漁で貫あたり140円だったが、五年前は豊漁で貫当り十円まで下落した。サンマが高いと聞くと、何かうら淋しい感じがするのは私だけだろうか。

 ・・・忘れがたいのは、佐藤春夫の「秋刀魚のうた」だ。あれを口ずさんでいると、わびしさというものの本体にハタと突きあたるような思いがしてくる

      あはれ
      秋風よ
      情心あらば伝えてよ、
      -男ありて
      今日の夕餉に ひとり
      さんまを食ひて
      思いにふける と

  この第1章から始まる「秋刀魚のうた」は、妻にそむかれた男(春夫)が、夫(谷崎潤一郎)に捨てられようとしている人妻(千代夫人)と恋をし、人目をさけて逢っていた。女は小さい娘をつれていた。そのころも今と同じように秋風が悲しく吹いていた。二人は不幸を分けあってわびしい夕餉をした。
 女の小さい娘は父でもないこの自分に、サンマの腹わたをくれといった。

     さんま、さんま
     さんま苦いか塩つぱいか。
     そが上に熱き涙をしたたらせて
     さんまを食うはいづこの里のならひぞや。
     あはれ
     げにそはとは問はまほしくをかし。

 秋風のくる家の一隅で、今はひとり侘しくサンマを食っている男が、過ぎし日の悲しい思いでにふけっている詩である。感傷といえば言葉が空転すると思うが、さしずめそういわざるを得ないうらぶれた片隅の感傷を、ふかぶかと湛えている。
 サンマの季節になって、この詩を口ずさむと、サンマの哀れに焦げたニガイ身体が目の前に浮かんでくる。。サンマは悲しみをもった人間に愛される魚だったのかと思ったりする。
  サンマは悲しい魚だ。秋風に乗って食卓にくる魚だから悲しいのかも知れない。ふと、そんなことを思うのだが、それも私が俳人だからかもしれない。


 この文章を読んで、秋刀魚が「悲しい魚」だ、と思う人がいたというのは新鮮な驚きでした。俳人でもなく、秋刀魚を焼く側の婆さんは、サンマを焼く時、焼いた後の始末を考えて、やっかいな魚と思うことはしばしばあったけれど、焼かれっぷりが潔い、とか、悲しい魚だ、とか頭をかすめたこともありませんでした。
 文章をよんで、昔、七輪の上で秋刀魚を焼いていた、白い割烹着の母の姿を思い浮かべたり、又、たまに秋刀魚を焼くと煙が家中に充満して目もあけられなかったことなど思いだしました。昭和の時代のことです。
 今、魚はガスコンロについたグリルで焼くし、煙は換気扇に吸い込まれる。七輪も煙に涙したことも、母の白い割烹着も懐かしい風景になりました。
 これをよく前日、1尾98円になった秋刀魚を3尾買って料理しました。1尾は塩焼き、2尾は山椒の実と炊きました。塩焼きは爺さんのリクエストです。腹わたを旨そうに食べ、身のかすもついていないきれいな骨をお皿に乗せて、まだ食べたそうにしている爺さんの姿は、侘しさの片鱗もなく、悲しみをもった男にも見えませんでした。
 秋刀魚の山椒煮、とてもおいしくできました。


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Commented by gonta_mayaha at 2010-09-21 11:38
若い頃は、秋刀魚はこの詩で知るのみでした、今みたいに保冷輸送が出来なかったのね、もっぱら鰯。天草では鮭も食べたことなかったわ。今日、秋刀魚を買ったよ。
Commented by babamama at 2010-09-22 10:48 x
秋刀魚は北の海にいるのね。私の両親は北海道で、魚好きだから秋刀魚も鮭もはよく食卓に出てました。子供の時から魚の腹わたは苦くてたべれませんでした。
それにしても暑いね!どうなってんだろうね。疲れました。
by babamama_123 | 2010-09-19 09:13 | 日々の記録 | Comments(2)