"ぶれる"ということ

土曜日は絵画教室の日である。今年2回目、先週画面全体に薄鼠色のグレーズをかけたので、形と色を整え、一歩前進させるつもりだった。すこし遅れて教室に入ると、また一人若い女性が増えて、それぞれ課題に取り組んでいた。日本画の人、立体をデッサンする人、みなさん一生懸命に取り組んでいる。机の間にキャンバスを立て、絵具を用意して、まず石膏の輪郭と陰影をつけ始めた。青みがかったグレイで影をつけたかったけれど、中々思うような灰色ができない。試しに色を乗せたら、汚い色になって、自分でもまずいな、とおもっているところに、先生がうしろで、前のほうがよかった、と言われた。私、すっかり動揺してどうしていいかわからなくなった。やっと思い直して、描き直したい、と言うと、先生、仕切り直しですね。それもいいでしょう。でも今度はぶれないでくださいよ。何をイメージしているのか、明確でないからぶれるんです。と痛いところを突かれた。確かにそのとおり。でもこの石膏にどうイメージしていいのか。そもそもイメージがわからないのですと言うと、どんな色合いにするかとか・・・ということですと言われた。そして一度決めたら迷わないことです。小さな紙に、自分のイメージするものを描いてみることです。
先生は盛んにぶれるな、とおっしゃる。いわれる度に、私はズキンとする。そもそも私というのは、ぶれぶれ、まよいっぱなしで、ふらふらとうん十年を過ごしてきたのだから。、自分へのイメージというか、確固たる信念みたいなものは、持っていたのかどうか。情けないことに、昔昔はあったような気もするけど、何時何処で捨てたのか、なくしたのか、思い出せない。今ではぶれぶれ、迷い人が自分なのだとひらきなおっている。
先生の言われたように、小さな紙にとりあえず色合いを見るため水彩色鉛筆で描いてみた。
背景に明るい赤とくらいブルーを入れてみた。大きくしたらどうんな感じなるのか自信がない。
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by babamama_123 | 2015-01-20 14:54 | 日々の記録 | Comments(0)