春先は受難の季節

先週のことである。
阪急沿線に沿う道路の駅までの4,500メートルに白木蓮の街路樹が植えられている。町に出かけた帰り道、何気なく上を向いたら、木蓮のつぼみがふっくらとおおきくなっていた。風は冷たいけれど、日差しは柔らかく暖かい日だった。もう春なのだ。そういえば、にゅーとんと散歩していた時にも沈丁花のつぼみが赤くふっくらしていまにもほころびそうなのを見た。あー春だと気づいたらなんだかきもちがワクワクして、身体のしんからぞくぞくする感じがしてきた。来週には友人とセツブンソウを見にドライブする予定も立っていた。
その晩ぞくぞく感はさらに増幅して震えがでるまでになった。おかしい!とおもって体温を計ったら39度もある。ぞくぞくは風邪のせいだった。一晩眠れば治るだろうと、早めに布団にもぐった。翌朝又体温を計ったら39度3分。からだの節々が痛む、のどの奥も痛くて声が出ない。とてもおきることは出来ない。仕方なくその日一日横になって様子をみることにした。口がまずくて、食事どころか、みずもほしくなかった。高熱なのに汗をかかないので水分の補給をおこたってしまった。一日ひたすら眠って朝を迎えた。体温は38度8分に下がっていた。少しふらつくけれど、近くの病院に朝一番に歩いて行った。検査の結果、A型インフルエンザと診断された。去年の春先にはB型インフルエンザにかかったのをお医者さんも覚えていて、もう下火なのにまだぼちぼちかかる人がいるんですよ、と言われた。なんの慰めにもならない。こののどの痛みをとる薬を処方してくださいと頼んだら、4種類の錠剤を渡されて、また裏口から帰ることになった。
何時頃からはっきりしないけれど、春先は私にとって受難の季節になった。一番古い記憶は、昭和22年2月22日、(2が5つも並ぶ日付だから忘れようがない)、祖母が亡くなったことだった。母は3女を出産して10日余り床上げも済んでいなかった。葬儀の後、落合の火葬場には小学生低学年の長女の私と父が行った。火葬場のごうごういう音が不気味で、しばらく夢見が悪かった。あれは人を焼く音だと知って、とても怖かった。途中で生き返ったらどうなるんだなんて考えたりもした。
それから十代の終わり、毎年のように不合格通知をうけとったのがちょうど今頃ではなかったか。意地を張って国立一期一校に絞って受験したものだからその落ち込みようはただごとではない。後がないのだ。にもかかわらず翌年も又・・・。
それからつい最近は胃がんがみつかったのが春になる寸前。
この分だと、私は春に寿命が尽きることになるのかも。桜のもとで春しなむ・・だったか。それもいいかもしれないとおもいいたった。
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by babamama_123 | 2015-03-08 13:45 | 日々の記録 | Comments(0)