雪ん子

寒波襲来!明日この冬一番の寒波が日本列島を襲うらしい。
今日は銅版画教室2回目。一級の寒波が近づいているというので極暖の下着をつけて教室に向かった。
昨日娘が贈ってくれたものだ。持っているヒートテックのものより格段に暖かい。ホカロンを付けているような暖かさである。感謝感激!
冬の1作目は雪ん子。
赤い綿入れの半天に、紺絣のもんぺをきて藁の帽子と靴を履いている。手に持ってるのは雪兎。
描きながら遥か昔を思い出した。
昭和20年3月東京大空襲のその日幼い私は妹をおぶった母と祖母と父の4人で東北線の列車に乗って岩手県の山村に疎開するところだった。ホームいっぱいにカーキ色の服を着た人たちと列車ののり口から人が溢れる程の混みようだったのを覚えている。父は私を窓から車内にいれ大人たちはあとから人をかき分けて乗ってきた。
私がおばあちゃん!ここあいてるよ、と叫んで座っていた大人をどかしてしまった、本当に恥ずかしかった、とずっと後になって母がいった。
疎開先は父の遠縁にあたる家で奥羽山脈の山の中にある農家だった。父は私達を預けるとすぐ東京に戻った。
疎開先で藁を綯ってひもを作ったり、それで草履をつくったりしたのをかすかに覚えている。
終戦後しばらくその農家に止まって、東北の雪深い冬を過ごした。
母は
1歳をすぎた妹の面倒を私に託して、祖母の世話や家事に忙しかった。
私がちょっと目を離した隙に妹は囲炉裏に落ちてしまった。その時の火傷あとは眉毛のあたりにいつまでも残っていた。雪の中藁沓をはいて母とやけどの薬を買いに出かけた。歩くと雪が溶けて足にしみこんでくる。冷たいのとしんどいのとでぐずぐずいって叱られた記憶がある。
箱そりで滑り降りたり、楽しかったことも沢山あった。
1年弱の山村の暮らしは昔話の風景そのままだった。
f0095745_21373935.jpg

f0095745_21383573.jpg

(塩ビ板にドライポイント
[PR]
by babamama_123 | 2018-01-21 20:37 | Comments(0)